春を感じる時



 ロマンティックなタイトルからは程遠い、お下劣な出来事から、すっかり春になったんだなあ、と感じてしまったゴールデン・ウィーク最後の日。
 天気が良いのでお散歩がてらに駅前まで出かけてみた。とっても安い八百屋さんがあるので、亭主の好きなもやしを買いに行ったのだ。
 きゅうりともやしを買い、家へ戻る途中、脇道から若い男がふらふらとやってきた。二十代半ばくらいであろうか。それでもボサボサの頭と精気のない白い顔。若さなんて、まるで感じられない男が、なにやらジーパンのチャックをいじくりながら歩いている。
 一瞬にして、私は危機を感じて目を背ける。チャックの具合が悪かったのではない。グロテスクな赤紫のナマコをべろりんと出しながら歩いていたのだ! 
 恐怖感はなかった。まだお昼を過ぎたばかり。少なからず、私以外の通行人もいたからだ。
 見なかったことにして、私は早足で歩き始めた。万が一、男が私に危害を加えようものならば、股間を一発蹴り上げて、財布と携帯が入ったお買物バッグで頭を一撃。頭の中でシュミレーションを繰り返しているうちに、我が家に近づいた。
 が、角を曲がろうとした瞬間、すぐ後ろに男が迫っているのがわかった。万事休すか、と思いきや、変態男は突然、全力疾走で駆け出し始め、すぐに私を追い越し、あっという間に視界から消え去ってしまった。
 なんだったんだ、一体? その様子をぽかーんと見つめる私と、すぐ側を歩いていた老夫婦。
「あったかくなったからねえ」
 おばあちゃんが呟く。
 長袖のシャツが汗ばむほどの陽気。頭がイカれてしまっても無理はない。春になると、変質者が増える、とは昔から言われてきたことだから、別段、珍しいことではないのかもしれない。
 それでも、見たくもない変人のナマコを見てしまった私の気分はすぐれない。
 むかっ腹を立ててスーパーへ入ると、八百屋さんよりも安くきゅうりを特売していた。
 なんてこった。ついてないのかな、今日は。明日からまた会社。今夜は控えようと思っていたお酒も、こうなったら飲むしかないな、うん。

 
 

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