いかすぜあの娘



 ふふふふふ。
 賭けをした。カラオケ店のお姉ちゃんと。今年のペナント・レースが始まる前のことである。
『阪神タイガースがリーグ優勝したら、何時間歌っても室料無料!』
 というものである。家族経営のこのお店。しょっちゅう通っているわけではないけれど、いつも同じお姉さんがフロントと調理場と果てにはウェイトレスと、一人ですべてこなしているので、自然、顔見知りとなり、親しくなった。
 お姉さんは熱狂的な格闘技ファン、かつ読売ジャイアンツのファンでもある。そしてそして我が亭主は虎キチというわけだ。
 毎年このシーズンが来ると、野球の話で盛り上がってはいたけれど、まさかまさか阪神が優勝するなんて、お姉さんは夢にも思っていなかったのだろう。
 予定の詰まった週末が続き、ようやく一息つけるようになった先日、私たちはカラオケ店を訪れた。
「約束ですから。今日はコールしませんので、好きなだけどーぞ!」
 いつもと変わらぬ笑顔で、お姉さんは部屋に案内してくれた。
 この店、最近リニューアルして、カラオケ・セットも最新の器材に変わっていた。 リモコン以外にもポケット・コンピュータのようなものがあり、画面をパッパと押すだけで好きな曲が選べ、転送できるという代物。分厚い曲本を捲らなくてもいいので、便利である。
 歌手名、曲名の他に『あの頃』というボタンもある。一体何だろうと押してみると、自分の年齢を入れれば青春時代のヒット曲がずらりと並んでいる、とういカラクリ付き。カラオケも進歩したものだ。
 あー、キッスの曲が増えてる! 一時リストから消えたジャーニーの『Don't stop believin'』も復活してる!
 これは楽しい夜になりそうだ。時間を気にしなくていいので、あまり自信のない曲もばんばん入れてしまう。
 途中、主人がトイレに立ったまま帰ってこない。例のお姉さんとおしゃべりしているに違いない。亭主の選曲したブルーハーツの『電光石火』が始まっても戻らない。この時とばかりに、亭主の大嫌いなヘビメタを歌っちゃろうと、私はアイアン・メイデンなんぞを入れる。 続いてオジー・オズボーンだ、えーい、次はレインボウの『キル・ザ・キング』いっちゃおうかなー、とのっていたところにようやく亭主が戻ってきた。
 気分がいいからお酒も進む。いい加減飲み疲れ、歌い疲れて店を出たら、なんと夜中の2時半。 こんなに夜更かししたのは何年ぶりだろう。
 でも、不思議なことにお酒は抜けて、すっきりした気分である。胸のむかつきさえなければ、このままシャワーを浴びて会社へ行っても大丈夫じゃないか、と思えるほど私は元気溌剌としていた。
「だったら、会社行けば?」
 という亭主はかなり疲労困憊した様子で道端で寝はじめそうな勢いだった。
 約束もしっかり果たしてもらったことだし、これからもこのお店はご贔屓にしちゃおうと思う。学生の多いこの街で、比較的お客の年齢層が高いのもよい。 昔からの住民が安心して通えるアット・ホームなお店は、何も飲み屋に限ったものではないのだ。
 ちなみにタイトルの『いかすぜあの娘』というのはキッスの『I Want You』の邦題である。そうそう、昔はやたらこっ恥ずかしい日本語のタイトルがついていたっけと、小さな画面を見ながら思わず笑ってしまった。



 


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