** 散骨終えて日が暮れて **

 ハワイを去る前日、夕刻のワイキキ・ビーチに出てみました。父に、この旅最後の挨拶をするためです。
 美しいサンセットを見届けようと、たくさんの観光客が集まり、昼間ほどではなくとも、砂浜は賑やかな声であふれています。そこかしこからハワイアンが流れ、暮れゆく空の色にこれほどふさわしい音はないだろうと、私はうっとりと太陽を眺めていました。
 その時、私は波打ち際に、若い日本人女性が一人佇んでいるのを見かけました。なんてことのない光景なのですが、それが、どんなにか珍しいことか、ハワイを訪れた人ならばご理解いただけると思います。
 日本から来た若い女の子が、一人でハワイの夕陽を見つめているのです。ビーチ・サンダルを後ろ手に持ち、次第に満ち潮になってゆく砂浜に足を埋め、波が押し寄せようと臆することなく、静かに海を見つめている。 おそらく、彼女がハワイを訪れたのは、ブランド品を買い漁るためでも、仲間と騒ぐためでもないでしょう。彼女の胸に去来していたものが何なのかは知る由もありません。けれども、彼女は何かと決別するために、この地に立っているではないかと、私は思いました。なぜなら、ストレスも悩みもない人間があれだけの長い時間、海を見つめることなど、決してないからです。少なくとも、私にとって海とは、そういう存在です。
 結局、30分ほどして私が立ち去る時も、まだ彼女はその場を離れようとしませんでした。
 人は色んな想いを抱えて旅に出ます。
 誰もがその地に、重い心を置いてくるのでしょう。
「学生時代に海外を見ておきなさい」と、初めてのハワイ旅行の資金を惜しげもなく差し出してくれた父。
「披露宴なんかやらなくていい。お金は出してやるから、ハワイあたりで結婚式をやりなさい」
 私がまだ少女の頃からそう言っていた父。 憧れのハワイへの想いをそうやって私に託していたのです。晩年になってようやく降り立つことができたハワイの地。父にとってのハワイは、まさしく地球の果てだったのです。
 父が亡くなって10ヶ月。こうして散骨を終えるまで、ずっと私は迷路の中を歩いていたような気がします。
 それは父とて同じことだったのではないでしょうか。
 父は、大好きなハワイの海に還りました。このビーチに立てば、私はいつでも父と対話することができる。そう、 私にとっても、ハワイは約束された地となりました。
 「またおいで」
 父の声が聞こえるような気がしました。

 これでハワイ散骨式レポートは終わりです。
 最後に、チャーターを引き受けて下さったWaikiki Bottom Fishing Tour様、お花についての情報を提供して下さったまきさん、散骨に関する記事をお寄せ下さったタビーさん、しーらぶさん、そして励ましの言葉をかけて下さったたくさんの皆様に、この場を借りて、心からお礼申し上げます。


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