ニッポンの困り者〜おじさん編・その2〜

 1年ぶりのクアラルンプール。同じ旅行会社に頼んだので、去年と同じガイドさんだったりして……。と話していたら、とんでもなく無愛想な男が私たちの名前が書かれたプレートを掲げていた。お疲れ様、のひとこともない。拍子抜けはしたけれど、宿泊ホテルに着くまでのお付き合い。キャリー・バッグを苦労して引き摺りながら歩く私たちを振り返ることなくどんどん歩いていってしまう彼の後ろを黙って着いていった。
 数組のお客さんとともにマイクロバスで街中に向かう。その間にガイドさんが各グループの旅行スケジュールをチェック。スムーズに済むかと思いきや、1人のおやじがいつまでもガイドと喋り続けている。話し好きなおやじなんだろうな、とその時は気にもとめていなかったのだ。
 走ること1時間。ようやく宿泊先のメリア・クアラルンプールに到着。私たちの他にも二組が一緒にバンから降りてチェックインすることになる。件のおやじも一緒。なんだか、嫌な予感。
 チェックインはガイドさんのお仕事で、全組分、まとめてやってくれる。 フロントが各自のルーム・キーをカウンターに差し出し、やれやれ、部屋に入ってひと休みできるな、と思っていたら、すかさず例のおやじがガイドに話しかけた。そして、延々とくだらない質問を投げかけている。他愛もないこと。天気はどうだとか、水は飲めるのかとか、食べ物は口に合うかとか……。あー、もうっ!! 小学生かよ、てめーは! 旅先の情報くらい、事前に調べてから来るだろう、普通!
 イライラしながら待っていても、ガイドは完全にルーム・キーと我々の存在を忘れている。かまわず質問を続けるおやじ。 我慢も限界だった。
「時間ないから、もう部屋へ行きます!」
 ガイドを押しのけ、フロントからキーをふんだくり、おやじを睨みつけてからその場を去った。むかついたけれど、もう会うこともないでしょう。あのおやじにも、ガイドにも。明日は朝早くクアラルンプールを発ってレダン島へ。美しい海が私たちを待っている。
 なのに、なぜ……。
 いなかったよね、飛行機の中にも、フェリーにも。見た覚え、ないよね。
 なぜなぜなぜ! なぜこのおやじがレダン島にいるんだー!?  唖然として言葉も出なくなった私たち。おやじは、せっかくビーチ・バーで幸せに飲んでいるところに突如出現し、他のゲストと話し始めた。意外にも英語が話せるらしい。だったら、初海外というわけでもないだろう。
 その後、何度もビーチ・バーのカウンターで姿を目撃することになる。夫婦で来ているようだったが、必ず一人でふらりとやって来て、ゲストを捕まえては話し込んでいた。どうせ自慢話でもしてるんだろうな、と意地悪く思っていたら、後日、それが証明されることになる。
 レダンで過ごす、最後の夕刻。ハッピー・アワーを楽しんでいると、例のおやじがやって来た。おあいにく様、カウンターは満席。仕方なくついたテーブル席には、先客の日本人カップルがいた。もちろんそこでも話し始めるおやじ。どこそこで見た夕陽はきれいだったとか、あの国の何は美味かった、等々。要は海外赴任の自慢話。やっぱりなー、と、ついぞ一度も話し掛けられることのなかった私たちは安堵のため息を漏らす。だって会うたびに必ず睨みつけてやったもん。
 翌日、レダンを後にした私たち。最後の一泊は再びクアラルンプール。そして、帰国の日、迎えに来たのは紛れもない、例の無愛想ガイドだった……。


 

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