哀愁のoverseas call
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 思い返してみると、主人と知り合ってから単独でアメリカ圏に行くのは初めてだった。友人と旅に出た時は、必ず「着いたよ」コールをするのだけれど、問題なくかけられたのは、全て時差のない東南アジアだったからだ。
 しかしながらハワイ。そう、19時間の時差がある。 便りのないのは良い知らせ、ということで、今回は見逃してもらおうと目論んだ。
 ところが2日目、ハワイ島ツアーから戻ると主人からのメッセージ。電話を受けたオフィスのおじさんの声で「電話しろ」と2回。何かあったのかと、私はチェックインの際にもらった日本語の利用規約に慌てて目を通す。
 直接の国際電話はかけられない。オペレーターを通してクレジットカードで精算するシステムらしい。
 "0"を押せばオペレーター・センターに繋がる、と確かに書いてある。が、何度トライしてもプープーという音が耳に伝わるだけ。首を傾げながら部屋にあった英語のガイドを読んでみる。国際電話は9+9+0とのこと。なぜ日本語と英語では違うんだ?
 とりあえず、書いてある通りに押してみる。それでもオペレーターセンターには繋がらない。
 これでギブアップか、いやまだきっと何か方法がある。これまでも、どこのホテルでも、奮闘すれども最後にはちゃんとかけられたじゃないか、と自分を励ます。
 何度も押してみる。
 こうなると意地になる。
 そして、私はとんでもないミスを犯す。
 うっかり、911と押してしまったのだ!
 その時には気づかなかった。おっと、違ったと、すぐに切ってしまったのである。 さすがに疲れてきたかな、ちょっと休戦と、トイレに向かった時である。電話の音が部屋に鳴り響いた! 主人からだ! そう確信した。
 嬉々として受話器を挙げると男性の声。
「こちらポリスですけれど」
 は、ポリス? 警察のこと? 警察が私に何の用? いたずら電話?
「なんですか?」と私。
「こちら警察ですけどね、今、かけましたか?」
 一瞬にして事情が飲み込めた。同時に、私はようやく思い出した。
 911。日本でいう110番じゃないか!
「す、すみません。かけ間違えました」
 しどろもどろの英語でようやく言葉を返す。 ポリスさんは怒ることもなく、安堵したようなお声でオーケーと言い、電話は切れた。
 穴があったら入りたい。けれど近くに穴がない。かわりに私は動悸を抑えるため、コロナ・ビールの栓を抜いたのだった。
 結局、翌日になってコンドミニアムのオフィスに問い合わせた結果、テレフォン・カードを購入しないとかけられないとのこと。だったらそう書いておけよ。
 帰国して主人に言った。
「電話かけれなくてごめんね。メッセージ、聞いたんだけどさ」
「え? 俺、かけてないよ」
「???」
 南の島のミステリー。
 いったいあのメッセージは何だったのか、今となっては知る由もない。


 

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