不時着物語


 これは私の体験談ではないのだけれど、かなりダイナミックなハプニングなので、文章に残しておこうと思う。 うちの会社のAさんから聞いた話である。
 Aさんは生まれて初めての海外旅行にアフリカを選んだ。社会人となった年のボーナス全てを注ぎ込んでの年末旅行だ。 航空会社はアジア系のP航空。私なんかは名前からしてあまり乗りたくない類の飛行機だ。
 けれどもアフリカ自体は素晴らしかった。大きな太陽、間近で見る野生動物たちが伸び伸びと大地を駆ける姿。 決して安くはなかったけれど、大満足して彼は帰路についた。P国を経由した後、一路、日本へ。
 が・・・・・・。彼が目を覚ました時、機体は、南の島の広大なる砂浜にいた。
 飛行場でも広いグラウンドでもない、ただの砂浜である。何が起こったのかわからぬまま、時は過ぎる。搭乗口は開いているのに、外に出るのは許されない。
 どこだ、ここは? 一体、どうしたというのだ?
 初めての海外旅行、しかも一人旅。日本人は他に新婚旅行のカップルが一組いるだけで、彼と同じく英語はさっぱり。
 時が経つにつれ、少しずつ事態が飲み込め、わかったのは、機体の故障だか燃料不足だかで、インドネシアあたりのとある島に、不時着したらしいということだけだ。
 飛べないというなら待つしかない。外へ出るなと言われれば機内でじっとしているしかない。
 気の毒なAさんは待ちくたびれてそのまま眠ってしまい、そして、次に目が覚めた時は既に空の上にいた。

 以上がつい最近、Aさんから聞いた話である。延々十数時間、飛んでもいない飛行機に閉じ込められたというわけだ。これは悲劇以外のなにものでもない。ただでさえ息苦しく狭いエコノミーのシート。あの状況を何時間も耐えることができるのは、確実に『目的地へ向かっている』という事実があるからに他ならない。
 でもこの話、なんだかおかしくないか?
 飛行機、しかもジャンボ・ジェット機が離発着するためには、『滑走路』というものが絶対に必要なのではないだろうか?
 その点を問い詰めてみたところ、Aさんが言うには、
「そんなもの絶対になかった!」
 機内から、何時間も眺めていたのだから間違いはない。そこはどうみても南国の砂浜であり、滑走路なんて、決してなかったと。
 そんなに広い砂浜があるのなら、開発すればなかなか大きなビーチ・リゾート地になるのではないか。
 それにしても砂の上でも滑走は可能なのか? ナゾだらけの出来事だけれど、Aさんが嘘をついている様子はない。
 でも初めての海外旅行でよかったよね。滑走路のない地に不時着するなんて、旅慣れた人だったらショックで気絶してしまうんではないかな?
 ともかく、着陸する時も再び飛び立つ時も呑気に夢の世界にいたAさんにこれ以上聞いても埒があかない。南の島不時着物語はこのまま永遠の謎に包まれるのだ。


 

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