ティファニーで撮影を


 もう、十年も前になるだろうか。 ニューヨークに初めて旅立つ前に、調べておくべきことがあった。
 『ティファニーで朝食を』をビデオデッキに入れ、そのシーンを何度も繰り返して見る。 ヘプバーンが、かの『ティファニー』の前で、ウィンドウを眺めながらパンを囓り、コーヒーを飲むシーンだ。
 アップにした髪、黒いタンクトップ、大きなイヤリング、そしてサングラス。 間違いのない様、巻き戻しては入念にチェックする。
 そうです。せっかくニューヨークへ行くのだからこのシーンを再現して記念写真を撮っちゃおう、という魂胆だったのです。
 皺にならないよう、タンクトップとスカートは綿のものにして、一番大きなイヤリングとサングラスをトランクに詰め、 私は憧れのニューヨークへ向かった。
 さて問題は「いつ」実行に移すか、である。人通りの多い昼間はとてもじゃないけれど出来ない。私にだって羞恥心てものがある。 夜中はちょっと、いや相当に恐い。というわけでやはり、映画と同じく、早朝ということになった。
 連夜アルコール漬けになっていたので、朝はきつい。目が覚めるのは当然、お日様が高く上った頃である。 必然的に最後の朝、午前便でLAへ向かう日が決行の時となった。
 朝、4時起きである。まだ酔いも覚めやらぬ顔に化粧を施し、髪を結い上げ(この頃はロング・ヘアだったのよ)、 用意した衣装を身にまとう。そうすると気分は完璧にヘプバーンとなり、勢い込んでホテルを飛び出した。
 朝とはいえ、外はまだ暗い。ほとんど夜である。 近くのデリに入り、コーヒーとパンを買う。もちろんパンにだってこだわる。テープを一時停止してちゃんと頭に叩き込んでおいたのだ。 限りなくコッペパンに近いシンプルなパンを選んだ。
 早足で『ティファニー』へ向かう。私達の姿を見とめた男たちが口笛を吹く。なんか、いい気分。
 こんなに早い時間だというのに、しっかり人が歩いていたりするもので、なかなかシャッター・チャンスがやってこない。周りに誰もいなくなった瞬間を見計らってパチリ。交代してもう1枚。あわてて撮ったものだから、全身しっかりと写ってしまった。 映画ではロング・スカートのところ、持っていないのでミニ・スカートでごまかすつもりだったのが、素足とスニーカーまで、 ばっちりと。
 まあ、これもご愛嬌。 撮影を終えたらお腹もすいてきた。パンを囓り、コーヒーを啜りながら帰路につく。歩きながら早朝の街並みをしみじみと見渡してみる。あと数時間で、この街を離れなければならない。夜明けのマンハッタンはどこか物悲しい。なぜならこの街には人々が集い、彷徨う姿が似合うからだ。
 明け始めた空の色は、どの街で見ても美しい。高級宝石店の前で立ち止まっていたホリーの心の中を覗いたら、きっとこんな色をしていたのではないか。
 ニューヨーク、というと私も決まってあの朝の街の色を思い出す。どこにでもありそうな街の風景に過ぎないのに・・・・・・。


 

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