海の向こうの臭いもの

 馴染みの八百屋さんの店先に、見覚えのある青い草が発泡スチロールの箱に並べられていた。
 こ、これはもしや……。
 と思った時、若い女性がその中の一束を手に取り、根元についた水を払うべく、パッパと草を振った。途端、なんとも形容しがたい匂いが鼻腔をつき、胃の底から酸っぱいものが込み上げ、本当に吐きそうになった。
 紛れもない、これは、パクチーだ!
 この忌々しい臭い草を始めて口にしたのは、タイでもなければマレーシアでもない。なんと、ニューヨークである。
 寒い日だった。どこをどううろついたのか、気がつくとチャイナ・タウンに足を踏み入れていた。商人たちの掛け声がそこかしこから聞えてくる、他のどの地区よりも熱気に満ちた街。熱気はあってもやっぱり寒い。そんなわけで、ごちゃごちゃとした狭い商店街の一角にラーメン屋さんを見つけた私たちは迷わずその扉を開けた。
 適当に2種類のラーメンを選び、魚介類のスープもひとつ注文する。 あったかいラーメンで暖をとり、散歩の続きをしようと思っていた。
 が、運ばれてきたのは、我々日本人が認識するラーメンとは全く別の食べ物だった。麺は春雨と冷麺と日本蕎麦をミックスしたような妙な歯ごたえ。汁は酸味があり、味が薄い。おまけに時折、とてつもない臭みが口に広がる。この臭気の原因こそが、パクチーだったのである。
 その存在は知っていたけれど、これほどだとは思わなかった。よけて食べても匂いはスープに蔓延しているので、食べられたものではない。けれど、少しは減らさなければ、作ってくれた人に申し訳ない。お金を払っているんだから全部残そうがこちらの勝手、という考えは嫌いなので、結局、涙目になりながら、なんとか3分の1食べて、店を後にした。以来、パクチーだけはどうしても食べられないもののひとつになった。
 ところ変わって、タイ。パクチー好きにはたまらない香草天国。そう、ここには臭い草がいーっぱい。トム・ヤム・クンには否応無くパクチーがたっぷりと入っている。そして、パクチーほどではないけれど、もうひとつご勘弁願いたいのが、レモングラスである。機内食にこの草をこれでもかとばかりに使った魚料理が出て、辟易してしまった。これはあくまでも『香り付け』に使うべきものであり、『食す』ものではない。だって、ただの草じゃないですか。
 芹に三つ葉に春菊と、日本の臭い野菜は大好きだけれど、お国変われば臭さの好みも変わる。なめこの味噌汁に三つ葉を散らすなんて、タイの方々からすれば、とても食べられる代物ではないだろう。
 けれども、ニューヨークで共にパクチーの洗礼を受けた亭主は、元々食べ物の好き嫌いが全くないのが自慢で、その後、パクチーも全然へいちゃらになってしまった。ついでに言うと、大人になって初めて食べた『くさや』も好物になった、マルチな味覚の持ち主である。
 海外での食べ物に関するカルチャー・ショックは話がつきない。長くなるので一度区切って、次回はやはりアメリカで出会った、すごい味のお菓子の話をお届けします。


 

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