海の向こうの臭いもの Part2


 もう十数年前のこと。初めてのアメリカ大陸はどこへ行っても何を見ても感動しっぱなしだった。有名な観光地やテーマパークはだけではない。青いポストや大きなポリバケツ。スーパーにはお化けのように大きな野菜や見たこともない果物。 何もかもが新鮮で、御伽の国へ迷い込んだような気さえした。
 1ヶ月間、現地の一般家庭にお世話になった。同じツアーで同じ年だったM子も一緒だ。すでに息子たちは独立して、夫婦だけで暮らしている、わりと裕福な家庭だったと思う。
 ある日、ホストマザーが私たちを買い物へ連れ出した。目指すは郊外の大きなショッピング・モール。なにせ女3人である。趣味も好みも違うので、集合場所を決め、それぞれショッピングを楽しむことにした。
 欲しかったL.A.ギアのスニーカーを安く手に入れ、幸せな気分で他のお店をひやかしていた時、かわいらしいお菓子屋さんを見つけた。カラフルなキャンディやチョコレートがガラスの瓶に詰められ、ずらりと並んでいる。小さな男の子がお父さんに何かをねだっている。彼が選んだのは、薬のカプセルのような形で、ピンクやグリーンといったポップな色にコーティングされたキャンディだった。
 ふと思い立って私も同じ物を買い求めた。当時から甘いものは好まなかったが、あまりのかわいらしさに心惹かれたのだ。
 帰りの車の中で、さっそく袋を開け、口に含む。 そして、歯をあてたその瞬間、私は悲鳴をあげた。
 臭いとか、苦いとか、そういった類の味ではない。 これは、食品ではない。薬というかボンドというか、とにかく、人間が「食す」ものではないのだ。
「ど、どうしたの?」
 とM子。マムも驚いて運転席から振り返る。
「ち、ちょっと、これ食べてみて」
 とりあえずは同人種同胞のM子に試してもらう。
「あ!」と「ぎゃ!」の中間のような鈍い悲鳴とともに、やはりM子もティッシュに吐き出した。
 次にマムに食べてもらう。
「んんー。グゥーーーーッド!」
 アメリカではポピュラーなお菓子らしい。結局、袋ごとマムにプレゼントした。
「リコライスよ。日本にはないの?」
 ない、と言いそうになったけれど、私の記憶に何かがひっかかっていた。昔、確かに一度経験した味なのである。
 いつ、どこで?
 こんなもの、普通は手に入らない。日本人の味覚に合うはずがない。戦争直後の腹をすかせた子供ではないのだ。
 ん? 戦争・・・・・・。あ、そうか! 私は思い出した。
「これ、ルートビアの味にそっくり!」
 父が大好きな飲み物。今は輸入食品店で買えるけれど、昔は入手困難なものだった。 たまにどこかで手に入れたルートビアを、父がおいしそうに飲むので一口もらい、やはり、私は悲鳴をあげたのだ。
 父は若い頃米軍基地内で働いていたことがあり、その時に知った、父にとっては青春の味なのだ。
 後になって調べてみると、スペルは「liquorice」で、「リコリッシュ」と発音するのが一般的なよう。
 このすごい味との出会いを、ツアーメイトたちに必死で説明してみた。なんと表現していいものやら、なかなか形容詞が見つからなかったのだけれど、一人がこう言った。
「知ってる! タイヤみたいな味だよね!」
 これほどビンゴな喩えがあるだろうか。 以来、リコリッシュ=タイヤという方程式が私の頭の中にすっかり定着してしまった。
 皆さんもアメリカで見かけたら、試してみて下さい。嫌いな人へのお土産にもいかがでしょう。


 

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