ニッポンの困り者〜おじさん編・その1〜

 成田にて。チェックインの長い列。私たちの後ろに並ぶのは、同じMAS便に乗るおじさんたち。どうやら社員旅行らしい。添乗員さんが丁寧な口調で説明をしている。チェックインの際にはこれとこれ、あちらに着いたらああして、こうして……と。 細かいことは覚えていないけれど、それは私が聞く限り、ごく当たり前の手続き方法を簡潔に述べていたように思う。
 私は添乗員さんが付き添うツアーを馬鹿にしたりはしない。若いうちから気軽に海外旅行が楽しめる世代に生まれて、幸運だったと思うだけ。私だって年取ってからの初海外であれば、多少高くついても、安心して旅行を楽しむためにはそういったツアーを選ぶだろう。宇宙旅行に行くのと同じだ。
 が、その中のおやじ一人が放った言葉は、許すことの出来ない、忌むべきものだった。
「お馬鹿な国へ行くのは苦労するよ」
 私は驚いて振り返り、まじまじとそのおやじの顔を見つめた。品のない、いやらしい顔。国籍や家柄で人を区別する、頭の固い、典型的なニッポン人の顔だ。自分は経済大国・日本の人間だ。他の発展途上国のアジア諸国とは身分が違うんだ。薄笑いを浮かべたその表情が、そう語っていた。
 彼の言う「馬鹿な国」とは、間違いなくマレーシアのことだろう。何を求めて、彼は旅立つのだろう。ゴルフが安く楽しめるから? 日本じゃ相手にしてくれない若い女の子が買えるから?
 怒りを通り越して、悲しい気持ちになった。こんな最低人間が同じ「日本人」として、大好きな国の地を踏むのかと思うと、やりきれなくなった。自ら「馬鹿」と表す国へ、添乗員さん付きでないと行けない自分は、よっぽどの大馬鹿であることに、気づかないのだろうか。
 予想通り、飛行機の中でもおやじたちはマイウェイぶりを発揮していた。温泉旅行にでも行くノリで、酒を飲み、大きな声で騒ぐ。
 ハワイやサンパン等、若者に人気の路線には、見るからに柄の悪いガキどもがたくさん乗っているけれど、見かけによらず、意外に皆、お行儀よい。少なくともこれからバカンスへ行こうという国を馬鹿にしたり、照明のおとされた機内で酒飲んでわめいたりはしない。
 こういったおやじたちの場合、飛行機の中だろうがよその国だろうが、会社の肩書きそのままが通用すると思っているのに違いない。一人のトラベラーではなく、○○部長のままなのだ。
 腹は立つけれど、旅行中でさえ日本の社会での地位にすがらなければならない彼らに、心底同情せざるを得ない。もちろん紳士的な日本人の「おじさま」もたくさんいるのはわかっているけれど、あのおやじの言葉だけは、生涯、忘れることはないだろう。成田へ行く度に。マレーシアの地を踏む度に。そして、マレーシアの人々の優しい笑顔を見る度に。
 ねえおじさん、旅行後もあなたの考えは変わりませんか? マレーシアはやはり「お馬鹿な国」でしたか?


 

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