東京ナポリタン紀行



 私が子供の時分は、スパゲティといえばミートソースとナポリタンくらいしかなかった。そりゃ都会にはすでに、カルボナーラとかバジリコくらいは食べさせるお店があったのかもしれないけれど、ぱっとしない地方都市に、こじゃれたレストランなんか、存在しなかったのだ。
 当然、『パスタ』などという言葉すら聞いたことがない。スパゲティは長くて、マカロニは短い。そんな時代である。 だから『納豆スパゲティ』というものを初めて知った時の衝撃は筆舌し難い。
  んな、オーバーな、と思うでしょ? でも、ほんとなんです。まじで驚いたんです。
  ああ、あれは大学受験を控えた夏の日。○○木ゼミナールの短期講習へ通った田舎娘たちは、初めて「スパゲティ専門店」なるものの門を叩いたのです。そのメニューに書かれている文字は、まるで外国語でした。一体、誰が熱いはずのスパゲティに冷たい生野菜を和えることを思いつくでしょう。納豆はご飯にかけて食べるものと、信じ込まされてきた私の食生活は間違っていたのかと、本気で思った純粋たる少女の日。
 けれど、上京してはや十ウン年、現在の私が日々求めるのは、あの昔懐かしいナポリタンである。  
 太めの麺(パスタではない、『麺』だ!)に絡まる燃えるようなケチャップの色。具はもちろんピーマンとたまねぎ、そして忘れてはならない、ふちの赤いハムだ。
 思えば不思議なもの。見たことも聞いたこともなかった多種多彩のスパゲティが、今は当たり前のようにどの街にもはびこっているのに、日本スパゲティ界の元祖ともいえるナポリタンを見かけることは稀だ。ナポリタンを食べたくても、おいそれと食べれないなんて、淋しい世の中になりました。
 だから『マイアミ』さん、メニューからナポリタンを消さないで下さい。成田空港へ早めに着いた際は、出国前に必ずいただきますから……。

 
 

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