Midnight Tea Room



 ふらりと立ち寄った輸入食品店で、私は思わず足を止める。 小さな箱に詰められたティー・バッグがほんの少し昔の記憶を呼び戻し、私はしばし懐かしい思い出に浸った。
 メロン、ピーチ、ストロベリー、アプリコット、そしてブルーベリーのフレーバー・ティーを2箱づつ求め、家に戻ってさっそくお湯を沸かす。 いつものマグカップはやめて、戸棚の奥からノリタケのカップ&ソーサーを取り出し、煎れたての紅茶を注いだ。
 まずは、ピーチ味から。ほんのりと甘い香を含んだ湯気に包まれただけで、切ないほど懐かしい気持ちで胸がいっぱいになった。
 十年以上も前の話。東京へ出て、初めて暮らしたアパートでのことだ。おかしなことに、どういうきっかけだったのかは思い出せないのだが、そこで1つ下の階に住む同じ歳の女の子と仲良しになった。
 ひとり暮らしには慣れ始めたけれど、まだ都会の夜の遊び方を知らない、誰だってそんな時期がある。要はありあまる夜の時間をもてあましていた頃のことだ。
 お互いの部屋を行き来しては、夜が更けるまでおしゃべりを続けた。何をそんなに話すことがあったのか、不思議に思うのだが、若い頃の会話というのは皆、記憶の片隅にすら残らないほど、他愛のないものなのかもしれない。
 彼女の部屋へ行くと、いつもそのフルーツの香り漂う熱い紅茶を出してくれた。
 昨日メロンだったから、今日はストロベリーね。
 そして、彼女は冷蔵庫から冷やしたプチケーキを取り出す。一口サイズの小さな小さなチョコレート・ケーキ。それをつまみながら、何杯となく紅茶をおかわりして、どちらかが眠くなるまでおしゃべりは続いた。
 お酒なんかなくても、十分に夜を過ごせる術があったのを、いつの頃から忘れてしまったのだろう。 紅茶とケーキだけで更けていった夜は静かに、そして確実に私から遠ざかっていったのだ。
 明日、アメリカへ渡ってしまった彼女に手紙を書こう。
「懐かしいものを見つけたので、別便で送ります」
 フルーツの優しい香りに包まれたなら、彼女もあの日々のことを微笑みながら思い出してくれるだろう。

 
 

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