限りなく厄に近い日・前編


 長い人生のうちには、『何をやっても空回りする日』というものに何回か遭遇する。
 先日、有休をとった日なんぞ、典型的な一日だったのだけれど、もっと昔に多少関連する出来事があったので、今週はひとまず十数年前に話を遡ってみようと思う。
 大学2年の夏だった。帰省した故郷で自動車学校に通った私は、本免許獲得のため、一旦、東京へ戻ることにした。
 わざわざ東京まで行かなくても、地元の試験場でいいじゃないかと思うでしょう。でもそこはさすがに地方。今はどうか知らないけれど、当時は本試験に受かっても、免許の交付まで、2週間もの時間がかかったのである。1週間後には大学の友人たちがこぞって私の実家に遊びにくる。どうせなら洒落たカフェや美術館の並ぶ避暑地へ車で連れて行ってあげたい。その為には即日交付の東京の試験場まで行く必要があったわけである。
 アパートへ戻った翌朝、早速、住民票を手にN区役所へ行く。そう、まだ住民票が実家のままだったので、東京へ移さなければならなかったのである。
 区役所行きのバス停へ行くと、ちょうどバスが出たばかり。仕方がないので炎天下の中、十数分待つ。ようやく区役所へ着き、手続きをしようとすると、
「ここ(東京のアパート)に住んでいるという証拠がなければ移せません」
 と、つれない言葉が返ってきた。 証拠ったって、何を持ってくればいいんだ? 
「例えばですね、この住所にあなた宛に来た手紙ですとか・・・・・・」
 そ、そんな・・・・・・。
「どうしても、ダメですか?」
「ダメです」
 押し問答をしていても埒があかない。区役所を出てタクシーを拾い、そのままアパートの前で待ってもらう。急いで部屋に戻り、『証拠の品』を手に、再びタクシーで区役所へ。職員はようやく納得してくれ、私はめでたく東京都民となった。
 新しい住民票を手に、その足で最寄の駅へ猛ダッシュする。思わぬアクシデントで、鮫洲で行われる本試験の時間にぎりぎりだったのだ。
 汗だくになって駅へ辿り着く。暑い。のぼせそうだ。早く電車が来ないかな。クーラーの効いた車内に一秒でも早く駆け込みたい!
 ようやくやってきた電車。ほっとして車両に歩み寄るも、喜びはつかの間。 それは、当時でも5%くらいしか存在しない、希少な暖房車(全車両クーラーなし)だったのだ。
 がっかりして乗り込むと、外より暑い。なんでこんな目にあわなくちゃならないんだ!
 その後、池袋から乗り継ぎ(言うまでもなく、山手線も目の前であえなくドアが閉った)、最後に京浜急行に乗ると、途中駅で7分もの停車。あー、間に合わない!!
 やっとこさ鮫洲に着くと、試験場の係員が、叫んでいる。
「午後の試験を受ける方、急いで! もう締め切ります!」
 私は走った。今日はほんとによく走る日だ。こんなに走ったのは、高校の時の持久走以来だ。
 体力を使い切った結果、締め切り数秒前に受付に駆け込み、無事、試験を受けることができた。ほんの数時間の出来事なのに、試験場の机に座るまで、恐ろしく長い時間が流れたような気がした。
 試験は難なく合格し、あとは写真撮影をして交付を待つだけである。
 苦労して手に入れた免許証。そこに写る私の顔は、ひどいものだった。
 髪は乱れ、化粧は剥げ落ち、心なしか、目の下に隈が浮かんでいる。やれやれ、これがオチかい。
 そんな風にして、厄日(まあ、合格したから半厄日としよう)は終わり、その後3年間、恥ずかしくて人には免許証を見せることができなかった。
 私が思うに、こういった厄日は、今日はツイてるぞ! と思えるような日よりもかなり高い確率で巡ってくるものである。まあ、こんなもんだよなあ、人生なんてさ。
 ペーパー・ドライバーとなった今も書き換えだけは行っている。今年がその書き換えの年。そこで私を待っていたものは・・・・・・。
 このお話は次週に持ち越します。


 


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