流しでシャンプー


 悲劇は猫の日、2月22日の朝に幕を開けた。
 いつものように亭主に起こされ、寝室を出ようとした瞬間、床を濡らす水の層と歯ブラシをくわえながら雑巾がけをする亭主の姿が目に入った。 歯磨き中、突然、水漏れしてきたのだと言う。
 顔を洗う間もなく、バスタオル数枚を使って、私は拭き掃除を始める。水は、洗面台の隣にある電気給湯器の下から漏れてきているようだ。
 各戸共通のこの電気給湯器なんだけれど、古い型のせいか、とにかくでかくて、自動販売機くらいあり、とてつもなく邪魔な代物なのである。これがぶっ壊れたとなると、マンションの管理会社に問い合わせるしかない。とりあえず、管理人が出勤する時間を見計らって訪ねてみると、何せ古いものなので、設置した当初の会社はとうに潰れ、今現在、特に決まった業者はいないのだそう。
 三○製のようなので、三○お客様センターに電話するも、修理は明後日になると言う。 もっと早くできる所はないかとタウンページを捲っていると、管理人さんがやってくる。以前、同じようなトラブルで他の部屋の人が世話になったという業者を紹介してもらった。 けれど、そこも早くて夕方になるとのこと。水周りのことだし、風呂やキッチンを使うのも憚られるので、とにかく水道の元栓を止め、再び私は途方に暮れてしまった。
 すると、マンションに出入りしている業者さんがたまたま来ているとのことで、見てもらうことになった。 やれやれ、一安心だ、と思ったのもつかの間。 事態は、思っていたよりも大事になってしまった。
「あー、給湯器じゃないね。こりゃ床を開けなくちゃだめだ」
 なんと! フローリングの張り替え工事をしたばかりなのに!
 けれど、不幸中の幸い、張り替えの際、巨大給湯器だけは動かせないので、その部分だけ古い板のままになっているのだ。
「ここだけ開けて済めばいいけどね。だいだいこのマンションの配水管は勾配が悪いんだよ」
 詰まりだけでなく、排水が管を覆うコンクリートにまで染みていたら大事である。それこそ何日もかかる大工事になってしまう。 何もかも、蓋をあけてみなければわからないんだそうだ。
「明後日、また来るから。キッチンとトイレはいいけど、あとは使わないように」
 と言い残して業者さんは去って行った。
 一人になった途端、へなへなと腰が抜けていくのを感じた。しばらくは呆然として、ひたすら煙草を吸う。
 一体、いくらかかるんだ? 最悪の事態が頭をよぎる。
 とにかく、明後日を待つしかない。その前にやるべきこと。気を紛らわすのが一番だ。
 まずは溜まっている洗濯物をどうにかせねば。
 洗剤をビニール袋に詰め、会社の記念品でもらった大きなリュック(会社のロゴ入り・・・ああ、恥ずかしい)に洗濯物を詰め込み、背中に担いで外へ出る。コインランドリーなんて、学生の時以来だ。
 待つ間、仕事中の友人にさんざん愚痴メールを打つ。そうしているうちに気分は落ち着き、今度は腹が立ってきた。
 ああー、もうっ! オンボロクソマンションめ!! いくら貯金しても、部屋の修繕費でどんどん吸い取られていくじゃないか。かといって、買う際に床をこじ開けて見るわけにはいかないので、こればかりはもう賭けみたいなものである。
 さて、洗濯はよしとして、問題は風呂である。銭湯へ行くという手段もあるけれど、外は寒いし、週末は札幌の義祖父のお見舞いへ行くので、間違っても風邪をひくわけにはいかない。バスタブの中でシャワーを浴びようかと思ったけれど、なにしろ流せないので、あまり水を溜められない。
 思いついて私はキッチンの流し台に立った。頭を垂れて、髪にお湯をかける。洗えるとこはこの流しで済まし、あとはバスタブの中で洗うことにした。 髪を濡らしたまま、バスタブの中でささっと部分洗い。ちっともきれいになった気がしない。なにもかもこのボロマンションがいけないのだ!
 
 で、排水はどうなったかというと、最悪の事態は避けられたものの、結局足掛け2日の工事となり、母を拝み倒して来てもらうはめになった。おまけにえらい出費である。
 と、まあHP休止中、こんなハプニングに翻弄されていたわけだ。やれやれ次は一体、どこがぶっ壊れるのか。買っちゃったものはしょうがないので、その日怯えつつも、祈るしかない。


 


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