寝言・猫言・戯言


 とある休日の明け方のこと。 隣で寝ていた亭主の声で、私は一瞬、目を覚ました。
「カイソウは?!」
「はあ・・・・・・?」
 なんのこっちゃい。寝ぼけた頭で私は考える。
「んー、ワカメならあるよ」
「うむ・・・・・・」
 『階層』でも『改装』でもなく、やはり『海藻』のことだったようで、亭主は満足して再び鼾をたて始めた。
 こちらとて半分は睡眠状態。すぐにまた眠りに落ちた。
 数時間後、起きてから亭主に話してみると、全く覚えていないという。まあ、自分の発した寝言を覚えている人なんてそうはいないだろう。
 どういうわけか、寝言というのはたいてい意味不明で、まったく関連性のない単語の羅列である場合が多い。けれど、理解できないからこそ、おもしろおかしく、鮮明に記憶に残るのかもしれない。
 忘れられない友人の寝言がある。 高校時代、3人のクラスメイトが我が家に泊りがけで遊びにきた。なんたって民宿なわけだから泊まる部屋はいくらでもある。 その日は2Fの客間に4つの布団を敷き、温泉に入り、夜遅くまでおしゃべりをし、揃って眠りについた。 真夜中、しんと静まり返った部屋の中に、くっきりと大きな声が響き渡った。
「私、寝てたってば、絶対! NENEが粘土みたいのいじくっててさ」
 最初は皆起き出して再びおしゃべりを始めたのかと思った。けれど、あまりにも脈絡のないこの言葉。だいたい私は粘土なんぞをいじくった覚えはない。
 ははあ、寝言だな。 朝、からかってやろうとほくそえみながら、私は再び眠りについた。 翌日、朝ご飯を食べながらその話をすると、案の定、彼女は覚えていない。けれどもう一人の友人もはっきりと彼女の寝言を聞いていて、私が夢を見ていたわけではないことを証明してくれた。
 今じゃ立派な3児の母となった彼女。元々起きていてもぼーっとした少女だったけれど、今でもたまには妙ちくりんな寝言を言ったりするのだろうか。
 ところで、寝言は人間だけではない。猫だって寝言を言う。 うちの場合、なぜかルーだけがしょっちゅう寝言を言っている。この猫はたいてい私の枕元に寝ているのだけれど、夜中に突然、唸りだすことが多いのだ。
「ウンミゥーーーーン。ウミゥーーーーーーーーーン」
 苦しそうな声が耳元に響くと、私は驚いて目を覚ます。
「どうしたの?!」
 と、ルーの身体をさする。すると、一瞬目を開け、何事もなかったように身体を丸め、ゴロゴロと喉を鳴らしながらまた寝る、といったことが何度あったことやら。
 一度は寝室に置いてあるチェストの上で、かなり長い間唸り続け、亭主もびっくりして飛び起きたことがある。
 猫もやはり夢を見るのだろうか。あんなにうなされるのだから、よほど恐い夢を見たのに違いない。 では、ルーが恐がる夢とは、どんなものか。
「毛をむしられる夢じゃないのか?」
「犬に食べられそうになるとか」
「靴下の匂いを嗅がされてたりして・・・・・・」
 と、夫婦で馬鹿なことを言い合い、色々と想像してみたのだけれど、ルーに聞いたところで答えが返ってくるわけではないのだから、真相は永遠に知る由もない。


 


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