幻の嫁入り道具


 最近はめっきり機会もなくなったけれど、結婚した友人の新婚家庭に何度かお邪魔したことがある。
 色違いのかわいらしい箸置き、揃いの小鉢や取り皿。ハネムーンで買ってきたというベネチアン・クラスにビールが注がれ、 ウェッジウッドのティー・カップで熱い紅茶が差し出される。キッチンには、結婚を機に買い揃えられた新しいオーブン・レンジやぴかぴかの鍋類。
 当時、ひとり暮らしだった私のキッチンとはえらい違いだ。いつか私もお嫁に行く時は、全部新しく買い揃えようと、夢見たものだった。桐の箪笥も車もいらない。キッチン用品と食器だけは、好きなものをじっくり選んで買おうと。
 ところが、そうは上手く事が運ばないのが世の常というもの。 あれよあれよと言う間に亭主と暮らし始め、籍を入れる、という頃には父が入退院を繰り返していて、嫁入り道具どころではない。
 結局、お互い持っていた家具と食器に囲まれて、新生活が始まった。 さすがに冷蔵庫だけは大型のものを買ったけれど、あとはひとり暮らしの頃と何ら変わらない。100均で買ったお皿や酒屋のおまけでもらったグラスどもが、でかいだけでセンスのない食器棚に今もはびこっている。
 けれど、亭主と暮らす前までは、なんと、電子レンジすらなかったのである。ジップロックで冷凍したカレーは湯せんで溶かし、冷やご飯は雑炊にするか、チャーハンにするか。冷凍のシューマイをざるに入れ、鍋にひたひたの湯をはり、蓋をして蒸し上げたこともある。 そう、実は蒸し器もなかった。 茶碗蒸しやプリンも鍋ひとつで作っていた。料理なんてものは、やろうと思えば最低限の調理器具でもなんとかなるものである。
 それでも友人たちを招く立場となった今、あれも欲しい、これも欲しいと考え出すときりがない。大きな耐熱皿でラザニアを作りたいと思っても、我が家のオーブン・レンジは500Wとパワーがしょぼい上、中も狭いので、小さなグラタン皿2つ並べることもできない。 トースターの方がまだ上手く焼けるので、こちらを使う・・・のはいいけれど、やはり2つは並ばないし、ものすごく時間がかかる。困ったもんである。
 取り皿や小鉢はたいていペアなので、大勢のお客様が来た時には、大きな鉢にどどんと盛り、使い捨ての紙の皿に取り分けてもらう。 テーブル・コーディネートもクソもないわけだ。
 でも、皿というのはいつかは割れるし、思い切って買うことにしてもたいした出費ではない。ただ決心がつかないだけ(というより、あるものは増やすなという亭主の一貫した主義によるものなんです)。
 されどオーブンとなると、安い買い物ではない。現役のレンジはまだ使えるし、買い直すのは、これがぶっ壊れるまで待つしかない。ピザやグラタンが楽に調理できるような夢のオーブン。欲しいなあ。早くレンジが壊れないかな、と密かに願ってる自分がいる。
 かといって乱暴に扱うわけにもいかないし、わざと皿を落っことすなんて、絶対にできない。 どんなにださくても長年使っていれば愛着というものが沸くものだ。というのは建て前で、猫がケガをしちゃったりしたら大事だからだ。
 そんなわけで、自然に割れてくれる日を待つしかない。
 さて、今日は会社の帰りに英会話教室。駅に着いてからレッスンが始まるまで少し時間があるので、いつも本屋や100均ショップで時間を潰す。100均ショップにずらりと並んだ食器やグラス。最近は安くてもなかなか洒落た物が増えたなあ、と眺めるだけでは足りず、つい手が出てしまう。 これくらいの値段なら、亭主も文句言わないかな、と悩みつつ、毎回、断腸の思いで何も買わずに店を後にする。
 果たして、今夜はどうだろう。一体いつまで我慢できるのか。それは自分ですら予測できない。


 


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