Love is Patient, Love is Blind


  どんなにネタに困っても、決して書くまいと心に決めているものがある。仕事の内容と、芸能ネタだ。
 そりゃ仕事の愚痴は何度も吐き出しているけれど、私のやってることなんぞ、聞いてもおもしろくないだろうし、書く方にしたって、相当つまらない。
 そして、芸能人の惚れた腫れたにつきあってられるほど暇でもない。
 けれど、先日のニュースを見ていて思い出したことがあったので、今回はちょっとだけ芸能人が登場。
 恐喝騒ぎを起こしたHKさんの裁判の結果報道である。
 事件について詳しくは知らないし、特に興味もないけれど、彼の名前を聞く度にある女性が言った言葉がよみがえる。
 ずっと昔、派遣社員として働いていた会社でのことだ。折りしもバブルの絶頂期。たいした仕事量もないのに、事務処理の若い女性がうじゃうじゃとオフィスにひしめいていた。
 私もその一人であったのだけれど、この会社では、必ず3時のおやつタイムがあった(ね、ひまでしょう?)。
 毎日誰かが代表しておやつを買いに行く。会議室に集まって、お菓子を食べ、お茶を飲み、おしゃべりに興じた(今じゃ考えられない)。
 私はこの頃から甘いものは好かんので、適当に流して喫煙所へ行く。
 そこでいつも一緒になった女性。当時22、3歳だったろうか。
 最初から親しげに声をかけてきてくれ、何を話したかは覚えていないけれど、結構気が合い、毎日煙草を吸いながらその女性とばかり話しをしていた。
 ある日のこと。いつもよりもにこやかな彼女は、
「今日、会社が終わったらコンサートなの」
 とうれしそうに言う。
「そうなんだ。誰の?」
 これが、HKさんのコンサートなんだそう。若いのにずいぶん渋い趣味だ。
「どこでやるの?」
「M市の○○館。彼はよくここでコンサートを開くの」
 この後、HKさんに対する賛美の言葉を延々と聞かされることになる。
「M市までXX線で行くんだけど、ほら、XX線て普段はすごくガラが悪いんでしょ? でもね、HKのコンサートがある日だけは、車内がとても上品な雰囲気になるの」
 ここで私は愕然とした
 ずいぶん極端な考え方をする人だ。私はXX線の住民だけれど、特にガラが悪いとは思わないし、今日は珍しく上品だ! などと感じたこともなかった。
 だいたい、HKさんのコンサートに行く人といっても、一車両にどれほどの割合で乗っているというのか。 M市は他の路線もいくつか乗り入れているし、XX線を使うにしても運行の頻度を考えれば、一人も乗っていない可能性だってある。そもそも彼女は普段XX線を使っていないのに、どういう基準で比較して言っているのだろう。
 要は、自分も含めHKさんのファンは上品で洗練されていてエレガント、ということなのか。
 こういうのって、私にもいささか覚えはあるのでわからなくもないけれど、彼女にとってHKさんの言葉は神の啓示と同じであり、ファンは盟友であり、彼を取り巻く世界こそがたったひとつの正義なのだ。
 彼女は私がXX線の住民だとは(おそらく)知らずに言ったことだろうし、腹が立つことはなかったけれど、これ以降、なんとなく話も盛り上がらなくなってしまった。
 短期の仕事だったので、その後私はすぐにその会社を離れ、彼女とはそれきり。
 今回の騒動、裁判の結果を彼女がどんな思いで見守っていたのか、当然、知る由もない。


 


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