キッチン奇談
まずは、構図の説明から。
我が家のキッチンは、窓に面して左から、@調理台、Aシンク、B調理台、C3つ口コンロとなっている。
ごくごく一般的なシステム・キッチンだろう。
Bの調理台には調味料が一式とおたまやらフライ返しやら、調理道具が並べられている。
先月のこと。会社で悪寒を感じた私は早退して病院へ行った。診察を終え、風邪薬をもらい、家路に急ぐ。一秒でも早く横になりたいところだけれど、夕飯の準備はせねばなるまい。
亭主にメールし、今夜は簡単にうどんで済ますことを了解してもらった。
とりあえず、寝る前にそば汁だけは作らねば。
出汁をとり、いつものように純関東風の濃い目の汁が出来上がると、蓋をして3つ口コンロのてっぺんに置いておいた。手前左のコンロにはやかんを置いておく。こうすれば、猫がカツオ出汁の匂いにつられて手を出そうとしても届かないだろう。
やれやれと、私は安心して眠りにつく。
やがて日も暮れ、亭主の帰るコールで目を覚ました私は、キッチンに向った。熱のせいで汗をかいたので、たまらなく喉が渇いていた。調理台の上の電灯を点け、冷たい麦茶を一気飲みする。一息ついて、ふとコンロの方に目をやった私は仰天した。
3つ口コンロのてっぺんに置いておいたはずの鍋が、Bの調理台に移動している!
「な、な、な、なんで!?」
誰もいないとわかっていながら、声を出さずにはいられなかった。
たとえ猫がいたずらをして、たっぷり2人前のそば汁が入った、決して軽くはない鍋を動かすことが可能だとしても、Bの調理台には調味料やら何やら色んな物が乗っかっている上に、手前左のコンロには、防壁代わりにやかんまで置いておいたのだから、ここまで移動させるなんてこと、できっこない。
同じ状況で試してみると、やっぱり、一度鍋を持ち上げなければ、動かすことは不可能だ。 猫でも私でもないとしたら、一体、誰が?
恐ろしくなって風呂場やらトイレやら押し入れやら、一通りチェックしてみたけれど、もちろん誰もいない。窓は閉っているし、内鍵もしっかりかけておいたのだから当然だ。
ということは・・・・・・。
ポ、ポルター・ガイスト現象か!?
そういえば以前、猫のルーが誰もいないキッチンで、
「シャアーーーーーッ!!」
と、威嚇の声を上げていたことがあったっけ。我が家のキッチンに何かいるのだろうか?
怖い、怖すぎる! でもそのおかげか、熱も一気にふっとんでしまった。
帰ってきた亭主にあわてふためいてこの話をすると、
「そりゃ、お前が寝ぼけて動かしたのを忘れただけだろう」
と、まったく取り合ってくれない。
でも、亭主からの電話があるまで、一度も目を覚まさなかったのだ。
翌日、上司にこの話をすると、
「そりゃ、あんたが寝ぼけて動かしたんやて。覚えてないだけやろ」
と、関西弁に変わっただけで、亭主とまったく同じことを言って笑う。
私は酔っ払ってしでかしたことを結構覚えている方だ。風邪薬程度で寝ぼけてやったことを覚えていないなんて、あるはずがない。
以上、ホラー映画は大好きなれど、霊感なんてものとは無縁な私が体験した、希少な出来事である。
おそらく真相は、このまま迷宮入りとなるのだろう。だあれも信じてくれないけれど、二度とこんなことが起こらなきゃ、それはそれでかまわないのだけれど。
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