いかフライおかか弁当の軌跡


 上京して初めて借りたアパートは滅茶苦茶狭く、こたつに入りながらも何にでも手が届くほどのワンルーム。狭いにもほどがあるだろ、と訪ねてきた友人たちが口を揃えて言ったものだ。
 けれど、キッチンだけは一人で使うには十分な造りで、買い揃えたばかりのかわいらしいキッチン用品が並んでいた。
 自分だけの冷蔵庫、自分だけのお鍋や食器。
 一人暮らしの開放感も手伝って、私の心は日々、うきうきと弾んでいた。
 が、問題はキッチンも何も、私がそれらを全く使いこなせなかったことだ。
 それまで料理などしたこともなかったもので、お湯を沸かすか、レトルトのカレーを温めるくらいしか役に立たなかったわけである。
 そんなわけで食事はもっぱらほかほか弁当かコンビニに頼っていた。
 一時期、馬鹿のひとつ覚えのようにセブンイレブンの『いかフライおかか弁当』にはまった。
 みっしりと敷き詰められたご飯の上にたっぷりのおかか、大きなイカのフライ、おしんこ、佃煮、そして確か、ちくわの磯辺揚げが乗っていたと思う。
 これで\380。
 安くて、ヴォリュームたっぷりで、しかも美味い。
 他のお弁当や惣菜パンには目もくれず、週に何度もこの弁当がテーブルに乗ったものだ。
 やがて不器用ながらもぽつぽつと料理を始め、簡単なものなら作れるようになると、自然、コンビニには足を向けなくなる。
 月日は流れ、いかフライおかか弁当のことなど、頭からすっかり消え去ってしまった。
 それから何年たった頃だろう。
 友人の引越しを手伝い、食事を奢ってもらい、かなり酔っ払ったのでその夜は彼女の家に泊まることになった。
 キッチンはまだ使える状態ではないので、翌朝の朝食を仕入れに、近くのセブンイレブンに入る。
お弁当のコーナーに立ち止まると、ほろ苦い思いが湧き上がってきた。いかフライおかか弁当との再会である。
 懐かしさで胸がいっぱいになり、私はそっと、それを手に取り、レジに乗せた。
 そして迎えた翌朝、早速いかのフライに噛り付く。
 ああ、遠い青春の日々。若かった私を魅了した味・・・・・・ではなかった、全然!!
 なんだこれは!?
 中身のいかより、衣の方が厚いじゃないか!!
 しかも固い。あたりめか、これは!!
 ご飯にはべっとりと油が染みている。
 こんなもの、二日酔いじゃなくたって、とても完食できるものではない。
 結局、半分も食べれずに終わった。がっかりだ。
 こうして、いかフライおかか弁当は私の記憶の底に沈んだ。

 そして、どれだけの時が流れたのであろう。
 つい最近、会社の研修である街へ行った時のこと。終日の講義なので、お昼を買って行こうと、セブンイレブンに立ち寄った。
 そこで、いかフライおかか弁当が、再び私の目の前に現れたのである。
 前回のことがあるので、不安に思いつつも買ってみる。
 箱は昔よりひとまわり小さくなったようだ。それに合わせていかフライも小ぶりになっている。
 けれど、衣は最小限の薄さに留まり、ほどよい油加減。おかかがだいぶ少なくなった代わりに炒り卵なんぞが乗っかっている。
 味全体は、かなり品が良くなったように思う。
 まあまあおいしかったけれど、やっぱり違う。
 これは、私の愛したいかフライおかか弁当ではない。
 たっぷりとまぶされたソースがご飯に溶け込み、おかかのしょうゆ味と相まって、何ともいえないハーモニーを醸し出していた、あの青春の味ではない。

 春が近づくと、一人暮らしを始めた頃を懐かしく思い出す。
 そこには必ず、いかフライおかか弁当が付随している。
 いつかまた、会えるだろうか。
 その時は、どんな姿をしているのだろう。
 厚い衣をまとっているのか、どんな付け合せに囲まれているのか。
 楽しみでもあり、ちょっぴり不安でもある。


 


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