KEEP OUT


 ある朝、家を出てすぐに、道路を遮る黄色いテープに足止めされた。
 テープには『KEEP OUT』の文字。側には警官。
 何かあったんだろうか、と思う以前に、回り道をしていたら、いつもの電車に乗れなくなる、と焦りがつのった。
「あの、通れないんですか?」
 お巡りさんに尋ねてみると、
「あー、いいですよ。どうぞ」
 と、気軽にテープを上げてくれた。
 道路の突き当たりには見慣れたマンション。その前に消防庁の車が止まっている。
 ボヤでもあったのかな、と、その時は気にも留めず、私は仕事に向った。

 同じ日の帰り。
 そのマンションの前には消防庁に変わって、テレビ局の衛星車が止まっていた。何人かのTVクルーがたむろして、マンションから出てくる住人にマイクを向けている。
 これはただの火事じゃない。何か事件が起こったのだと、家に戻ってニュースにかじりつく。
中学2年生の男子生徒による自宅放火事件。映像に写るのはまぎれもない、あのマンションだった。
 不登校を責められた腹いせに火をつけたと、テレビは伝えていたけれど、それだけではないだろう。実の父と継母とその間に産まれた妹。絶対的に崩すことのできない、自分だけが入っていけない三角形の壁が、わずか14歳の少年に立ちはだかった。苦労を知らず、ぬくぬくと子供時代を過ごした私からすれば、想像を絶する孤独とストレスを抱いていたことだろう。
 火をつけた張本人が我が子とは知らず、火傷を負いながらも息子を助けるべく火の海に飛び込んでいった父親に、確かに愛はあったはずだ。ならばその表現方法が間違っていたのか。『KEEP OUT』の黄色いテープを最初に張ってしまったのは、どちらだったのか。いずれにせよ、せつなすぎる結末である。
 これより少し前、女子高生が母親に毒を持った事件も、私の実家近くで起こった。
 かつてストレスというものは、ほとんど大人の世界だけのものではなかったか。今は年もゆかない少年少女にまで、無限の闇は広がりつつある。
 少年犯罪を耳にする度に、子供を持たなかったのは、正解だったんじゃないかと思うようになった。もちろん立派なお父さん・お母さんがたくさんいるのはわかっているけれど、私のような未熟者が一人の人間を育て上げるなんて、とてもじゃないけどできそうにない。
 犯罪の低年齢化は、同時に、親の精神年齢が低くなっていることにも一因があるんじゃないかと思う。親になったこともない私がこんなことを言うのなんて、思い上がりも甚だしいと思われるかもしれないけれど。


 


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