異人館模様



 旅行といえば、今は南の島しか連想できなくなってしまったけれど、国内で唯一、何度でも行きたくなる街がある。誰もが心の中に持つ、第二の故郷。それが私にとっての『神戸』。
 先日の大阪出張の翌朝、宿酔いの身体に喝を入れて、在来線に乗った。
 三ノ宮で降りさえすれば、方向音痴の私でも、異人館通りにたどり着ける。どの道からでもいい。緩やかな坂道を山へ向かって、まっすぐに登っていけばいいのだ。
 最後に訪れたのはもう、10年近く前だろうか。阪神大震災以前のことである。
 あの忌むべき災害によって、愛する街がどのように変貌し、どんなふうに復活しているのか、この目で確かめてみたかった。
 微かな記憶と勘を頼りに歩いて行くと、懐かしい風見鶏の館が目に飛び込んできた。
 そして、少し先にはオランダ坂。しっかり覚えている。かなり急な坂道だ。オランダ館で民族衣装を着て写真を撮ったっけ……。
 思い出をひとつひとつ手繰り寄せ、息を切らしながら、ここを最後と決めていた坂を登る。
 よかった。うろこの家も健在だった。 どの角を曲がっても、どんな路地に迷い込んでも、タイムスリップしたような気分になる。この街に生きた異人たちの息遣いが、今もなお残っているような錯覚に陥る。
 歩き疲れて振り返れば、10年前と変わらぬ、港町神戸の街並みが眼下に広がっていた。
 私は満足して帰路につく。
 なぜそんなに好きなの? と問われても、正直なところ、わからない。
 だから私はこんなふうに答えることにしている。
「きっと、縁があったから」
 何度訪れても、懐かさに似た想いで胸が張り裂けそうになる。
 次がいつなのかはわからない。けれど、きっと縁があるから、私はこの街に、再び戻る日がくるだろう。

 
 

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