ビールをストローで〜その後〜



 もう、食べるのも飲むのもいやになった。
 何かを口に入れる、という行為がこんなにも辛いなんて・・・・・・。
 慣れてきたかな、と思う頃、矯正装置の位置が移動する。その度、舌やら下唇の裏やらが、経験したことのない違和感と激痛に悲鳴をあげる。
 歯医者さんへの通院は矯正装置を固定させるゴム交換だけのため、2週間に1度。長い長い14日間。
 その間、何度私は電話を手にとることか。早く仕事が終わると、治療時間が終わって、後片付けの真っ最中の歯科医院を通る度、私は思う。
 もう、いいから、この煩わしい金具を取り外してくれー!!
 でも、そういうわけにはいかない。平均寿命を考えると、まだ人生も半分。もっとも私達の世代は成長期に不健康極まりない食品が氾濫してるので、もうちょっと早いかもしれないけれど、焼肉は食べたいし、好物の鶏のナンコツ、イカゲソが食べられない生活なんて、考えられない。
 こんな私でも、小学校、中学校を通じて『歯の健康優良児』として名を馳せた、なんて言っても信じてはいただけないだろうか? そう、身体も健康なら、歯だって毎年表彰されてしまうくらい、超健康だったのだ。
 今は朝晩プラスお昼休みの後、毎日3回は歯磨きをかかさないけれど、子供の頃なんて、ありがたみがわからないから、磨くのは朝だけ、といった無精者だった。にもかかわらず、私の歯は、毎度、歯の健康診断で学校にやってくる歯医者さんの絶賛を浴びていた。
 ああ、それなのに。
 素晴らしい歯を授かったのに、粗末にしていたバチがあたったのだろう。とすれば、夜な夜なビールを飲んで、煙草をふかし、コーヒーはブラック、冷たいもの、激辛もの大好きな私が、健康そのものの身体に異変を感じる時がいつか来るのかもしれない。
 お金さえあれば、歯は入れ替えがきくけれど、胃袋、その他臓器はそう簡単にはいかない。なんたって健康第一。もう若いという年でもないんだから、いいかげん、気をつけよう。と思いつつ、今夜もビールのプルリングを開けてしまった。だって、暑いんだもん。寒けりゃ飲まないのか、と言われるとそんなことない。だってストレス溜まってるんだもん、でごまかしてしまう。
 今のところ異常はない。お酒が飲みたいのは健康な証拠、と勝手な理由をこじつけさせてもらおう。
 冗談ではなく、肉が食べたい、と思ったら、食べたらいい。それは身体が欲している証拠だと、私は思う。
 以前、一度だけ何の前触れもなく『低血糖』の症状に陥った。会社帰りの地下鉄ホームでのこと。
 目がぐるぐるとまわり、脂汗が出てくるのがはっきりとわかった。そして、身体が私に伝えていた。
「何でもいいから、糖分をとれ!」
 ふらつく足でどうにかキオスクにたどり着き、チョコレートを買って、人目もはばからず貪り食べた。
 すると、あっという間に元気が戻った。
 初めての経験で驚いたけれど、最近得た情報によると、ビールは糖尿病の予防になるらしい。具合が悪くなるほど、私のビール人生は血糖値を下げていたのか・・・
・・・。
 こりゃ、歯がどうのこうの言う前に、いざという時のために、飴でも何でも甘い物を持って歩いた方がいいかもしれない、と思い始めた。
 などと悠長なことを考えているくらいなら、ビールやめればいいんだよね、うん。



 
 

Back Number IndexHOMENEXT