酒と鶴の宵



 仕事中、ふと気づいたらメモ帖で鶴を折っていた。暇だったわけではない。むしろその逆。 やらねばならないことが目の前に乱立していると、人の心は自然、逃避に向いてしまうものだ。
 少々厚めの紙のせいか折りにくい。おまけに小さいので細かい折り目をつけるのは容易ではない。普段はずぼらなくせに、こういう時にはA型の血が本来の性質を発揮する。きちんきちんと、丁寧に 折っていかなければ気が済まない。三角のてっぺんはシャープにとがっていなければいけない。 だったら完成までに相当時間がかかるんじゃないかと思われるだろうけど、そんなことはない。おそらく、たいていの人よりも速く、美しい折り鶴を作れるんじゃないかと思っている。 これはもう、年の功以外の何物でもないだろう。
 もう、十年以上も前のことになるけれど、ある夜、当時近所に住んでいた友人から電話があった。
「お願い! ビールおごるからさ、鶴を折るの、手伝って!」
 お気楽な独身時代のこと。特に予定のない平日の夜。一人で飲むよりも、鶴折りながら誰かと居た方がずっといい。おまけにビールは奢りだ。二つ返事でOKすると、ほどなく、缶ビールを袋一杯抱えて友人がやって来た。
 さっそくビールを開けて、鶴折り開始。 なんで鶴なのか、というと、彼女の会社の人だか取引先の人だかが入院したので、 皆で手分けして千羽鶴を作って贈ろう! ということになったらしい。で、彼女にもそのノルマがしっかり与えられたというわけだ。
 そんな話しを聞きつつ、黙々と鶴を折る。
 ビールを一口、鶴折り、またビール。細かい作業に集中しているせいか、酔いが早い。
 何度か休憩しつつ、結局100羽前後の鶴を折ったのではないだろうか。夜もしっかり更けていた。
 そんなふうにして、一体、幾つの夜を語り明かしたのだろう。何か特別なことをしたというわけでもないのに、ただただ「楽しかった」日々。
 その後、彼女は他の街へ引っ越していき、やがて私も結婚。顔を合わせる機会も殆どなくなってしまった。
 時は流れて先日、共通の友人から私の父の訃報を聞いた彼女から久しぶりに連絡をもらい、飲むことになった。当時、一緒につるんでいたもう一人の友人も一緒だ。
 お香典を頂戴し、一通りの近況報告が終わると、昔話で盛り上がる。若き日の失態を知っている友は気楽でいい。
 なんだか、ちっとも変わっていないね、と彼女が言う。私もそう思う。会ってみれば昔と何も変わらない。十年という時が、過ぎてしまっただけのこと。
 また飲もうよ、と約束をして別れる。考えてみれば、たった数駅離れているだけなのだ。
「近いうちにね」
 いつでも会える気楽さで、再び間隔があいてしまうのだろうけれど、会えば必ず、 楽しいひとときを過ごせるに違いない。
 それにしてもあの鶴たちはどうなったんだろう? 千羽鶴を贈るくらいなんだから、相手はよっぽどの重症だったのでは? と今になって気になるんだけれど。 今度会ったら、聞いてみよう。



 
 

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