商店街のトム君



 通いなれた駅までの道。気まぐれで入りこんだ近所の小路。
 いつもの庭に犬が寝そべり、見かけぬ猫が姿を現す。
 都会とはいえ、住宅街はミラクル・アニマル・ワールドだ。
 トム君は商店街の化粧品屋さんが飼っている亀である。店先に水層が置かれ、 『トム君です』と、表札(?)まで貼られている。
 私は亀には詳しくないので種類はわからないけれど、トム君は人の顔ほどの大きさの、真っ黒な亀である。水層の中の小さな岩の上で、いつも甲羅干しをしながら、首を引っ込めている。
 私は街で会う動物たちに、人目もはばからず、つい声をかけてしまう方だ。たいていの犬は吠えるし、猫は驚いて逃げてしまうけれど、たまにお腹をすかせて摺り寄ってくる猫もいて、そんな時には近くのコンビニまで走って戻り、チーズを買い与えてしまう。
 さて、日々そんな風に動物達とのコミュニケーションを楽しんでいるわけだけれど、一体、亀はどんな反応を示すものか。一般的な動物には違いないけれど、亀に接する機会は犬猫のそれほど多くはない。ものは試しと水層の前にしゃがみこみ、「ト〜ム〜くーん!」と呼んでみた。
 すると、甲羅の中からにゅーっと首を出し、よっこらしょ、という感じでゆっくりと、岩の上から水の中に滑り込むではないですか!
 そしてなんと、水層のガラスに指を這わせてみれば、一生懸命首を伸ばし、追いかけてくる。 そうかそうか。亀だって、動物好きな人間がちゃんとわかるのだ。そして、人間と触れ合うことを確かに望んでいるのだ。 正直、亀がこんなに人懐っこいなんて、考えたこともなかった。住み慣れた街のお散歩コースにも、楽しい発見はあるものだ。
 で、当然のことなんだけど、冬の間、トム君は店先から姿を消す。ペットの亀だって冬眠するのだ。
 ぐっと冷えこんだ今日この頃、久しぶりに商店街へ出向いてみると、やっぱりトム君の姿はなかった。
 寒い季節が大の苦手な私も、トム君と一緒に眠ったまま冬を過ごせたら、と切実に思う。 けれどそうもいかないから、同じく冬の苦手な野良猫たちを元気づけながら、頑張って冬を越そう。
 やがてトム君が眠りから覚め、春が再びやってくる日を、私は楽しみに待っている。



 
 

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