天ぷら経験
久しぶりに天ぷらを揚げた。私も亭主もあまり揚げ物を好まない。肉も魚も焼くか煮るかで、
あえて何かを『揚げよう』と思うのは、亭主の好きな鶏のから揚げと、ハムカツくらいだ。
しかし人間の身体というのは良く出来ているもので、不足している食品があれば、それを摂取するよう、きちんと信号を送る。だから時々無性に脂っこいものが食べたくなる。
先日も唐突に揚げたての熱い天ぷらのことが頭をよぎり、一日中そればかり考えていた。ちょうど休みの日だったので、作ることにした。なんたって面倒臭い料理だから、平日にわざわざ作りたくないもんね。
早速、買出しに行き、材料を仕込む。今日の天ぷらは、海老、イカ、茄子、玉葱、エリンギ、そして大葉である。
粉を溶き、熱々の油の中に具を放り込む。
鍋の中では、パチパチと良い音がたっている。
ああそれなのに・・・・・・。
実家が民宿を経営していた頃、母がお客さんのために天ぷらを揚げる様子を、飽きるほど見てきたはずなのに。
同じようにやっているのに、なぜ、きれいな衣の花が咲かないのだ?
教わった通りに処理しているのに、なぜ、海老の背中が丸くなるのだ!?
見た目も味も素晴らしい天ぷらを作るのは難しい。こればっかりはもう、経験を積む他はない。日本食のコックとして海外でヴィザをとるためには、まっすぐな海老の天ぷらを揚げることができるのも重要な条件だ。それほど、天ぷらというのは奥が深い料理なのだろう。
考えてみれば、自分で天ぷらを揚げるのは、10年ぶりのことだった。
なんと、10年!
あの日、独身時代のとある土曜日。予定のない私は近所に住む友人に電話をかけた。私は昼間働くOL。彼女はお水だったので、会えるのは土曜日の夜くらいしかない。遊びにこないか、と誘うと、
「んー、暇なことは暇なんだけどさ、今、天ぷら揚げようと思って、準備してたとこなんだよね」
だったら、私の家で揚げれば、ということで、仕込みの終わった材料を、袋いっぱいに詰め込んで彼女はやってきた。天ぷらと言っても、材料はししとう、蓮根、玉葱、しいたけ、といった野菜ばかりで、いわゆる精進揚げだ。
狭いアパートの狭いキッチンで、2人並んで天ぷらを揚げた。出来上がったのはアメリカで買ったディナーセットの大皿3枚分てんこ盛りの精進揚げだ。
「あのさ、これ、一人で食べるつもりだったの?」
「うーん。すごいね」
二度にわたって天つゆを温めなおしながら、結局、夜中まで延々と天ぷらを食べ続けた。
あれから10年。 今は子育てに追われている彼女も、たまには天ぷらを揚げたりするのだろうか。家族も4人になれば、あの量は丁度いいだろう。
いずれにしろ、今回の天ぷらで曲がりなりにも満足した私たちが次に天ぷらを揚げるのは
おそらくは何年も先のことだろう。
こんなことでは、一生天ぷらのプロにはなれそうにない。
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