ささやかな贅沢をもう一度



 10年もの間、髪を切ってもらっていた美容師さんが店を去って早半年。美容院激戦区のこの街にはもう戻らないと言った彼は、今頃どうしているのだろう。 初めて持つ自分の店の開店準備に追われているのだろうか あるいは、一度職についたらなかなか長い休みのとれないこの業界。この時とばかりにどこか海外でもうろついているのだろうか。
 いずれにしろ、未だ彼からの連絡はない。
 髪は伸び放題に伸び、ゴムで止めなければ収拾がつかなくなってしまった。そろそろ切り時、そして染め時。
 馬鹿みたいな数の美容院が乱立するこの街。若い頃ならどんな店でもふらっと入ることができたけれど、この年になると、おしゃれな店ほど入りにくい。学生さんの多い街なので、店内を覗くと店員も客も若者ばかり。
 そんなわけで、前髪だけは亭主に切ってもらい、あとはほったらかしにしてあったわけだけれど、ついに転帰が訪れた。
 先週の土曜日、とある美容室チェーンの営業マンが家にやってきた。割引のクーポン券セットを売りつけよう魂胆らしい。最初は疑っていたけれど、話を聞いてみると結構お得なことに気づく。
 カット(シャンプー&ブロー付)無料が1回、同内容の半額が3回、カット&カラー、カット&パーマ半額がそれぞれ3回、ストレートパーマ、縮毛強制が1回づつ半額。
 これらクーポン券1セットで、\2,980である。 カットだけでも平均\4,000くらいはするので、1回行けば元をとれる。来年4月の期限までに使いきれなくても、貸し借り自由なので亭主も行けるし、友人にも貸せる。この街以外のチェーン店でも使える。
 そしてなにより、このクーポンを持っていれば、堂々とその美容院へ入っていけるではないか。
 よし、買った!
 単純だけれど、これを逃したら、またのらりくらりと髪伸び放題の日々が続いていたに違いない。
 翌日の日曜日、さっそく予約を入れる。 白を基調としたインテリアでまとめられた、なかなかこじゃれた店で、接客も丁寧。髪のくせや質、アレルギー等を一通り聞いた上でカットに入る。
 カラーリングもここでは熱をあてず、ラップとタオルでくるむだけ。この方が時間はかかるけど、髪のダメージが少ないのだそうだ。店オリジナルだというビタミンCの入ったシャンプーも柑橘系の良い香り。腕も悪くない。
 普通の人なら合格点をつけるのだろうけど、ただひとつ、この店には難点がある。
 女性週刊誌が一冊もないのだ! 
 美容院に来る楽しみとは何か。それは自分では絶対買わない女性週刊誌をここぞとばかりに読みまくることだ!  そして、これはカットが上手い・下手と同じくらい重要なことなのだ。ファッション雑誌なんぞ、つまらんものは置かないでよろしい。
 でも、この店にずっと通うかどうかは別として、とりあえずクーポンは使いきっちゃろと思っている。 髪はさっぱりしたけれど、課題が残った。次回からは文庫本でも持っていかなければ、間がもたなそうだ。



 


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