ステーキ信号
私は肉が食べれなかった。原因ははっきりしている。小学校の頃、ホルモン焼きを食べ過ぎて気持ち悪くなり、それ以来拒絶反応が出るようになったのだ。
とにかく『肉』の形状がはっきりしているものが、ほとんど食べれなくなってしまった。絶対的にダメだったのは焼肉、そしてステーキ。豚汁に入っているブタさんも取り除いていた。
逆に平気だったのは、臓物系以外の鶏肉とひき肉。
だから、ハンバーグや鶏のから揚げなどで私はたんぱく質を補っていたわけだ。
それが、今はどんな肉類でもへいちゃらになってしまった。
こちらもターニング・ポイントははっきりしている。
学生時代、1ヵ月で13kgもの減量に成功した時のことだ。
それはそれは過酷な日々だった。食べたものといえば、ヨーグルト、トマト、豆腐、グレープフルーツ。飲み物はウーロン茶だけ。要は流動物しか口にしなかったのだ。
おかげさまで痩せはしたけれど、その間、2度ほど貧血で倒れた。だから絶対に真似しないで下さい。
リバウンドを恐れて、以後の食べ物には気を遣っていたある日、豚汁を作った。野菜いっぱいだし、身体も温まり、新陳代謝にもよい。
常にお腹がすいていた日々のこと。それまでは必ず取り除いていた豚肉も、躊躇うことなく口に入れる。長い間脂肪分に飢えていた私にとって、それはなんとも甘美でとろけるような味だった。
つまるところ、腹が減ってりゃ何でも美味いのである。
今では焼肉も大好物。昔、家族が揃って焼肉屋へ出かける時には、一人家に残り、出前の寿司(たまに鰻)を食べていたことが、信じられない。もったいないことをした。
けれども、ステーキだけはいまいち好きになれない。
食べれないことはないけれど、これまで一度として、
「うおー、ステーキにかぶりつきたい!」
などと思ったことはない。
ところが先日、電車の中で本を読んでいると、ステーキを食べるシーンが出てきた。ステーキそのものの描写はなく、ただ、ステーキハウスに入って食事をする、というだけのものなのに、無性にステーキが食べたくなってしまった。こんなことは初めてだ。
そして駅につき、スーパーに入った私は迷わずステーキ肉を2枚買った。
いつもは亭主の分だけ焼き、自分は残り物のカレーなんぞを食べることが多いのだけれど、今回は亭主と一緒にステーキを食べた。
「お前がステーキを食べたくなるなんて、珍しいね」
と、亭主も驚いている。
不思議なことなれど、おそらくは身体が信号を送ったのだろう。ここのところ、肉らしい肉を食べていなかった。元々は魚の方が好きなので、カルシウムは十分でも、たんぱく質が不足気味だったのに違いない。
だったら焼肉でもすき焼きでも良かったのだろうけれど、たまたまステーキというキーワードに出くわしたというわけだ。
昔は、庶民には高嶺の花だったステーキ。『サザエさん』の原作でも一番のごちそうとしてたまに出てくるのだけれど、何せ、高度成長期時代のお話である。
その呼び名は『ビフテキ』。今考えてみると、すごい派生英語だ。
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