大捕物!



 その夜も寒かった。 家まであと十数メートルのところで、私は足を止める。公団住宅の中の小さな物置小屋。そこから、猫の鳴き声が聞こえてきたからだ。
 だてに子供の頃から猫と暮らしてはいない。その鳴き声は、間違いなく助けを求める声だった。自分から入ったのなら、出れるはず。誰かに捨てられたのではないか。
 いてもたってもいられず、私は柵の中に足を踏み入れた。それは物置というよりゴミ溜めで、ぎっしりガラクタが詰まっており、しかも周囲に電灯はない。猫の姿なんぞ全く見えない。警戒したのか、鳴き声も聞こえなくなってしまった。
 けれど、道路に戻ると再び、声。
 走って家に戻り、懐中電灯を持ってきた。照らしてみても猫はいない。ゴミ溜めの周りには何十個もの植木鉢。ここの住民のものだろう。
 さて、どうしよう。
 これでも私は控えめでおくゆかしい人間である。人様の敷地内でいつまでもうろうろしたり、物を動かすのは気がひける。 こうなったらMさんに助けを求めるしかない。Mさんは同じマンションに住み、野良猫を保護し、去勢を施し、里親を探す活動をしている方で、私なんぞは本当に頭が上がらない人物である。
 インターホンを押すと、食事中のMさんが出てきた。事情を話すと、
「ちょっと行ってみよう」
 と、すぐに上着を羽織った。あっぱれである。
 現場は静かで、猫の鳴き声は聞こえない。もう一度照らしてみても、しんとしている。
「もういないんじゃないの?」
 とMさん。自力で脱出できたのなら、それにこしたことはない。 だいいち、猫の入る隙間なんぞないのだ。それでも一応、隅々まで照らしてみる。
 すると、ミャーッ。
「いるねー!」
 こうなるとMさんの行動はすごい。植木鉢をどかし、物置の下を確かめる。あっという間に、猫がするっと逃げ出し、道路に飛び出した。まだ仔猫だけれど、元気そうだ。ああ、よかった。けがもなさそう・・・・・・。
 と、私ならここで安心できても、Mさんはそうはいかない。
「あー、痩せてるね。捕まえなくちゃ!」
 それから、大捕物が始まった。
 驚いた猫はあっちへ行ったりこっちへ来たり。手を伸ばすとMさんが、
「あ、だめだめ! 手は出しちゃだめ!」
 プロにはプロなりの作戦があるらしい。
「捕獲器がなくちゃだめだ。持ってくるから、行動を見張ってて!」
 えっ? 捕獲器?
 聞く間もなく、Mさんは走ってマンションに戻った。私はといえば、懐中電灯片手に、猫と適当な距離を保ちながら公団内をうろうろ。何事かと住民がドアから顔を出す始末。
 捕獲器(ねずみ捕りを大きくしたようなやつ。初めて見た)を手に戻ってきたMさんと奮闘すること20分。よりによってアロエの葉の中に逃げ込んだ猫を、Mさんが捕獲した。お見事!

 その後、Mさんが猫を連れて帰ったので、私は毎日様子を見に行ったけれど、とてもひとなつっこい猫で、私も亭主もそのかわいらしさにメロメロ。 どこかに疾患があって、貰い手がないようなら、うちで引き取ろうか、とまで考えていた。が、数日後、無事に里親さんが見つかった。
 お世話になったので、猫用缶詰を買って持っていくと、お嫁入り(オスだから婿入りか)の時に、持たせてくれるという。手放すとなるとなんだか惜しいけれど、新しい家族と一緒に、幸せな新年を迎えてほしいとおもう。
 ともあれ、一件落着。師走の大捕物で、改めてMさんの偉大さに感動してしまった。多謝。



 


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