遅食い男
「食べるのが遅い男は出世できない」
中学生の時に通っていた塾の講師はそう言っていた。
早飯・早○ソは男の甲斐性、なんて言葉もあるくらいだから、あながちはずれているとも思えないけれど、真偽の程は未だわからない。
けれど、私は基本的に食べるのが遅い男(以下、「遅食い男」)が好きではない。はたから見ていると、イライラするのだ。
ついでに言えば、ちまちまと出てくるコース料理や懐石料理が嫌いだ。大きな皿に、小鳥の餌か、こりゃ、とつい悪態をつきたくなるような一口サイズの料理。そんなものをちょこちょこ出されても、食べた気がしない、ってなもんである。高い金を払ってフランチ・レストランへ行くのなら、カツ丼でもかっこんでいる方がずっとマシだ。
ちなみに、食べるのも女にしては早い。だから当然、がつがつと勢いよく食べる男が好きなのだ。
幸いなことに、こじゃれた店には行かないせいか、遅食い男を見かけることは滅多にない。でも根本的に遅食い男は、日本には少ないのではないかと思う。
逆に良く見かけるのがアメリカである(ヨーロッパ方面には行ったことないけど、同じようなものではないか)。
ニュー・イヤー・イヴのニューヨーク。夜は奮発して少しばかり名の知れたステーキ・ハウスへ行った。隣ではカップルが向かいあって食事をしている。
きちっとスーツで決めたジェンツルマンはナイフでゆっくり肉を切り、これまたゆっくり口に運ぶと、おもむろにナイフを置き、手を組んで女性の話にうなずき始める。じっくりと肉を味わったら、再びナイフを手に取り、まるでピアノを弾くようにそっと肉にナイフを入れる。
で、あとは同じことの繰り返し。
1.肉を切る→2.口に運ぶ→3.ナイフ置く→4.手を組む→5.頷く。
である。そんなにのんびりしてちゃ、肉が固くなるではないか。
結局、私たちが食べ終わって席を立つ時になっても、彼らのお食事は続いていた。
ステーキなら、まだいい。問題は同じくニューヨークで入ったラーメン屋である。
隣にはやはり向かい合ったカップルがラーメンを食べている(「啜っている」には程遠い)。
こちらは若く、学生のようだ。
右手に割り箸、左手にレンゲを持ち、不器用にラーメンを口に運び、ゆっくりと味わう。
そして・・・・・・。
あああ、やっぱり。
丼の縁に橋を置き、お喋りを始めるではないか!
のびるだろ、ラーメンが!
やがて私たちのラーメンが出来あがり、ほぼ食べ尽くす頃になってもまだ、彼のどんぶりには大量のラーメンが残っている。
「あ゛ー、もうっ! イライラするっ!」
思わず私は声に出した。
「お前の麺がのびるわけじゃないんだから、別にいいじゃないか」
と亭主に咎められたけど、まあ、確かにその通り。これぞ文化の違いなのだ。
食事の途中で箸を置くという行為は、日本ではよろしくない作法なれど、あちらの男性諸君にしてみれば、メシよりも会話優先のための、当たり前の習慣なのだ。
彼らからみれば、どんぶり飯を無言でかっこむ日本男児の姿の方こそ、信じられない光景に違いない。
けれども、江戸っ子の父が、がつがつとあっという間にお皿を空にしていく姿を、幼い頃から見ていた私にとっては、遅食い男は、やっぱり苦手だ。
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