100% PURE



 波平さん風に言わせてもらうと、
「まーったく、あきれたもんじゃ」
 入浴剤を使ってみたり、循環式だったり、あげくは水道水だったりと、日本列島・温泉神話が崩壊しつつある。湧かし直しや循環式は違法ではないけれど、誰もが地から涌き出た湯がそのまま提供されていると信じて利用していたのではないか。今更ながらあきれるし、悔しくもある。
 しかしまあ、そんなインチキ温泉がよくぞ長い間ばれなかったものである。もっとも、たとえ水道水で沸かしたお湯でも温泉だと言われれば、素人はころころと騙されてしまうのは仕方がない。ブランド・マークがついているわけでもなし、色や匂いでそうそう違いがわかるものでもない。実際、水道水風呂に入った後で、
「やっぱり温泉は違うわね〜」
 と、何人もの日本人つぶやいたことだろう。いつもの風呂と違わないのに。要は気分の問題なのだ。
 伊豆で宿を経営していた私の実家の風呂は、当然のことながら温泉だった。1年365日24時間、絶えることなく温泉が涌き出ていた。予約があろうがなかろうが、群発地震のおかげで閑古鳥が鳴こうが、ずーっと流れっぱなしである。
 しょぼい宿なので、お客さんなんか週末にしか来ない。平日は家族しか入らない。今思えば、なんと贅沢なことか。100%ピュアな温泉が、垂れ流し状態だったのである。
 その頃は温泉のありがたみなんぞわからなかったから、面倒なことの嫌いだった私はお風呂もカラスの行水だった。温泉がどれほどよいものか、その違いがわかったのは、
 東京で暮し始めた年である。 アパートで初めて迎えた冬。身体を縮めておもちゃのような小さなバスタブにはったお湯につかり、シャワーで流した後、タオルで髪を拭いていると、身震いがした。
 寒い……。
 風呂から上がったばかりだというのに、なぜ寒いのだろう。風邪をひいているわけでもない。急いでパジャマに着替え、こたつに潜り込む。その後も似たりよったりで、風呂に入ったところで、ちっとも身体が温まった気がしないのだ。
 そして正月、実家に帰った私は早速、風呂に入った。風呂から上がった後こそが、温泉と水道水の違いがわかる瞬間である。皮膚から湯気が立つほど、身体中がぽかぽかあったかい。暖房の効いた部屋に戻ると、暑いくらいである。入浴時間は東京での生活と変わらないというのに、この差!
 私はこの時、産まれて初めて温泉というものがどれだけありがたく、素晴らしいものかを知ったのだ。
 子供の頃、色付きのお風呂に憧れていた。入浴剤で鮮やかなグリーンやブルーに変色したお風呂だ。もちろん、温泉では無理な話なので、もどかしい思いをしていたものだ。バスク○ンのおまけ(ぞうさんの顔の形をしていて、蛇口にくっつけると、鼻から水が飛び出すという代物)も欲しかった。
 そう、私は我が家の温泉が、うらめしかったのだ。 掛け流しの温泉風呂が、今じゃそんなに稀少なものになるなんて。
 すでになき実家。家そのものにはさほど未練はないものの、あの無色透明、無味無臭の熱い温泉が懐かしい。これだけインチキ温泉がはびこっていることが、もっと早くにわかっていれば、『100%ピュア温泉』を謳い文句に、ひと稼ぎできたかもしれないのに。
 実は一昨年、里帰りした時に、わりと有名なホテルに泊まった。このホテルが立つ山には実家がひいていた源泉があるので、結構期待していたのだけれど、ちっとも気持良くなかった。素人さんはごまかせても、生粋の温泉っ子の私の皮膚はごまかせない。循環式だな、ありゃ。あきれたもんじゃ。


 


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