待ち時間はいつもドキドキ



「今日はどこにする?」
「うーん、どうしようね」
 休日になると交わされる、夫婦の会話である。
 何を悩んでいるかというと、今日はどこでラーメンを食べるか、ということ。 我が街は激戦区なのだそうで、たくさんのラーメン屋が軒を連ねているけれど、私たちが贔屓にしている店はほんの一握り。
 だから味噌が食べたいか、とんこつが食べたいか、つけ麺が食べたいか、その時の気分で、数店の候補から選ぶだけである。
「Hはだめかなあ?」
「無理だろ」
 とほぼ諦めてはいるものの、日々行列が出来る大人気のとんこつラーメン屋さんの前を通るべく、駅前までの道を遠回りする。
 もう、かなり長いこと食べていない。並ぶのが面倒なのもあるけれど、ほんの数年前までは気軽に立ち寄れた穴場だったことを思うと、やるせなくなるのだ。
 僅かな期待を胸に、角を曲がる・・・と、そこには既に見慣れた行列がなく、お昼時だというのに奇跡的に席が2つ空いているではないか!
 迷わず入り、腰を落ち着ける。 メニューはとんこつラーメンしかないので、大盛りか並か、あとはトッピングを選ぶだけ。何たって久しぶり。めいっぱい食べてやる。並じゃ足りないかな。でも替え玉すると多いし・・・・・・。
 というわけで、大盛りを注文! あとは出てくるのを待つばかり。
 本当に久しぶりだな、と感慨に浸る。早く食べたい。ああ、あのとろけるような白濁のスープ、完全なる茹で加減のストレート麺。
 心が踊る。わくわくする。こんな気持になったのは何年ぶりだろう。そう、私の心は、ティールームで恋人を待つ少女のように揺れていた。
 そして、芸術的なトッピングが施された一杯が、目の前に差し出されると、もう、丼ごと食べちゃいたくなるほど、胸がきゅんとしてしまった。まるで懐かしい恋人との再会である。でも決して、大袈裟に行っているわけではない。本当に本当に、待ち焦がれていたのだ! この愛しき一杯を。
 海苔が湿らないように丼の縁に寄せ、まずは胡椒もなにも入れないままスープを一口。その後はいつものように紅しょうが、高菜、にんにくをどかどか入れて食べる。
 んんーっ、んまい〜! 
 何という幸福感。されど食べ進んでいくうちに、不安が押し寄せてきた。 ちょっと多いんではないか。でも以前にも大盛りをぺろりとたいらげたことがある。でもこのまま食べていたらスープまで飲めないのではないか。どうしたんだろ。あんなにお腹がすいていたのに。
 はっ。そうだった。
 最近、腹回りが重くなったので、ここ数日、食事制限をしていたのだ。お昼は主食を削り、夜も量を控え、揚げ物なんぞを避けていた。当然、胃が縮んでいるはずである。ダイエットのことなど、完全に頭から消え去ってしまっていたのだ。
 案の上、麺が1/3程に減った頃には、かなりきつくなってきた。麺を食べてしまうか、あきらめてスープの方にとりかかるか・・・・・・。
 私の心は再び、揺れた。違うタイプの二人の男性、どちらも選べず悩み苦しむ少女のように。
 結局、麺を選び、スープは殆ど(後悔も)残し、店を後にした。 せっかくのチャンスだったのに。結局この日残したスープのことが、しばらく頭から離れなかった。かといって胃袋の大きさを元に戻すのは気が引けるので、次回は欲張らず、並にしよっと。


 


TOPHOMENEXT