ペ・リーグ考


「○○さんは、ペ・リーグ?」
「うん、ペ・リーグ」
 会社のトイレで交わされていた会話である。
 一体、何のこったい、と思ったら、ヨン様ファンのことらしい。
 へえー、若い子にも人気あるんだ、と少々驚いた。TVや雑誌の騒ぎをみていると、おば様だけかと思っていたからだ。
 亭主も子供もほったらかして、黄色い声を張り上げ、追っかけするおばさんたちに、世間は苦言を呈するけれど、私は結構なことだと思う。結婚して年をとっても、夢中になれることがあるなんて、素敵なことではないか。
 だいたい、Jリーグのサポーターやプロ野球の応援団にしたって、独身の若者ばかりではあるまい。亭主がスタンドで野次を飛ばすのも、女房が黄色い声を張り上げるのも、同じことじゃないか。バックグランドが違うだけで、その純粋さに変わりはないのだ。
 ところで、ヨン様に群がるファンの中には、かつてビートルズが来日した際に熱狂した人もいるのではないかという説もある。
 一時的な熱病から覚め、その後家庭を持ち子育てを終え、ぽかんとできた空白を埋めるべく再び熱中できるものを探している時に、白馬の王子のごとく現れたのがヨン様だったと。
 けれど古館一郎さんは、
「そういう人はビートルズの時にあらん限りの情熱を発散しているので、もう熱にうかされることはないだろう」
 というようなことを仰っていた。私もそう思う。
 少女の頃は、毎日ロックン・ロールを聞いていた。耳がおかしくなるんじゃないかと思うほど、大音響の中で大半の時間を過ごし、グラビアを眺め、東京に出てからは、来日したミュージシャンが立ち寄るというクラブやディスコ(おお、懐かしい)を片っ端から張り、コンサート・ホールの裏口で出待ちした日々。
 今となっては、全てが真夏の強い陽射しの中で見た幻影のようなものだった。無条件で何かに情熱を注げることのできる時間は短い。
 ペ・リーグのおば様たちにとっては、ようやくそんな時間が流れ出したのだ。若い頃に見つけられなかった『何か』を、やっと探し当てることができたのだ。恋心というのが、いつの時代も盲目で無垢なものであるのなら、彼女たちのヨン様に対する熱い想いだって、微笑って見守ってあげればよいではないか。ほんの一時の夢なのだから。
 私にはもう二度とそんな日はこないだろう。人生でたった一度きりあればいい時間。何もかもがキラキラと輝いていた頃。単純に言えば、青春というやつは、すでに思い出に変わってしまったからだ。
 まあ、それにしてもイアン・ミッチェルのお嫁さんになれると本気で信じていたなんて、私にもピュアな時代があったんだなあ。ふう〜。


 


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