Good bye, BOY

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「2日間は家で休むように」  
 そんな忠告が無駄であることは医者だって知っている。シリコンを入れたばかりの僕の右の乳房が誇らしげに揺れている。左まで更に半年。店を休む暇などないのだ。  
 同居人のテトは、いよいよ今夜、主役としてステージに立つ。うまくいけばギャラは数十倍にも膨れ上がる。この世界に入って5年。完璧な女の身体を作り上げたテト。一番下の妹が学校を出た後は、稼ぎの全てを好きに使うことができる。
「お店、出るでしょ?」  
 ニベアを顔に塗りながらテトが聞く。
「もう支度できるから、一緒に行きましょ」
「よせよ、その言い方」  
 僕は少し苛立ち、テトから目を逸らす。テトはまるで動じず、素早く髪を束ねるとさっさと靴を履いた。  
 狭い楽屋は汗と煙草と香水の匂いでむせ返りそうになる。濃密な空気の中で、僕はいつものレオタードを着、左胸にパットを入れる。右とのバランスが少し悪いけれど、気づく客はいないだろう。  
 オープニングの音楽が流れ、ステージの幕が開く。いつものダンスが上手く踊れないのは、慣れない『乳房』のせいなのか、スポットライトの中のテトが眩しすぎるせいなのか、わからない。  
 最初のステージが終わって、楽屋へ戻る途中、テトが僕に耳打ちした。
「ナナが来てたわよ」  
 僕は全身の力が抜けていくのが、はっきりとわかった。この街にやって来て、僕が初めて恋に落ちた相手、ナナ。やがてこの世界に飛び込むために、僕はナナを捨てた。テトと同じく、僕もゲイだったわけじゃない。金の為に、家族の為に、僕は男であることを捨てた。
 その後のステージは何も覚えていない。どうかナナが僕に気づかないように祈りながら、義務的に手足を動かしていただけだ。仕事を終えると僕は急いで化粧を落とし、逃げるように店の外に出た。  
 ああ、それなのに。楽屋裏では、ナナが僕に向かって微笑んでいた。
「今日はお客様を案内してきたの」  
 ツアー・ガイドが夢だったナナ。僕はまだ路の途中。辿り着くべき場所はたったひとつ。今夜テトが立ったあのスポットライトの中しかない。  
 ナナは目を輝かせて言う。
「話がしたいの。食事でも……」
「残念だけど」  
 僕は彼女の言葉を遮って言った。
「ワタシ、これから彼氏と会うの」  
 ウインクをして、僕は足早にその場を去った。しくしくと痛む真新しい乳房を撫でていると、涙が頬を伝った。
「やだ。女みたい」  
 自分で言って、僕はおかしてたまらなくなった。


 


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