Dear, friend

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 リクエストを読み上げるDJの声が、地階へ続く階段にまで響い てくる。
 私が店に入ったところで、スリー・ドッグ・ナイトの『オールド・ファッションド・ラブ・ソング』が流れ出した。今夜は古 いナンバーが聴けそうだ。
 カウンターでダイキリを買い、空いた席を探したが、週末とあって、店内は在日外国人で溢れていた。私の他に日本人の姿は今夜は見当たらない。迷っていると、米軍人のジ ェイが私を呼び止めた。クルーカットが似合う二つ年下の青年だ。
「久しぶり。もう会えないかと思ったよ」
「大袈裟ね」
 私は彼のジョッキにグラスを合わせた。
「いや、来週末で引き揚げることになってね」
「そうなの」
 私は複雑な思いでダイキリを啜る。もっと強い酒を頼 めばよかった。  
 初めて出会った夜から、私は彼によこしまな気持を抱き、このバ ーに通い詰め、何度もアプローチしたのだが、すべて徒労に終わっ た。
 どんなに大胆な誘いを仕掛けようと、彼は実に上手く私をかわしてみせた。ジェイの頭はいつも故郷のアラバマに残してきた婚約者のことで一杯だったのだ。
「アメリカへ戻ったら式を挙げる」
 とジェイ。罪な奴。少し憎らし くなって、私は彼を肘で軽くつついた。けれど彼は浮かない表情を 見せる。
「嬉しくないの?」
「そりゃ、嬉しいさ」
 ジェイはそれでも眉間に皺を寄せる。
「でも、 ここに来れなくなるのはたまらないよ」
 彼はそう呟いて店内を見回し、常連客の一人一人に視線を止める。  
 様々な国からやって来た人々。故郷を離れた寂しさを紛らすために、皆ここに集う。彼らが求めるのは酒でもなく、ましてやお手軽 なワン・ナイト・スタンドでもなく、同じ血の流れる仲間なのだ。  
 わかりきっていたことじゃないの。
 私は自分の頬を両手で叩いて、一人相撲だった恋に終止符を打つ決心をする。
「皆、ファミリーさ」
 ジェイはそう言ってビールを飲み干すと、席 を立ち上がりかけた。
「もう帰るの? 少しだけ付き合ってよ」  
 じゃあもう一杯だけと言って、ジェイが新しいビールを買う隙に、 私はリクエスト・カードを書き込む。
「幸せにね」
 戻ってきたジェイに私は言った。
「君もね」  
 チアース。
 再びグラスが重なった。DJが私のリクエストを読み上げる。彼が驚いて目を見開いたので、私は満足して氷の溶けかけ たダイキリを飲み干した。
「サンキュー」
 ジェイが照れ臭そうにうつむく。
 レナード・スキナードの『スウィート・ホーム・アラバマ』が流れ始めた。


 


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