偶然、その事故のニュースを見た友人からの電話で、私は恋人の洋の死を知らされた。
元恋人、と言った方が正しいかもしれない。突然連絡が途絶えたきり丸二ヶ月、一度も声を聞くこともなく、お
まけに事故を起こした洋の車の助手席からは、私の知らない女性の
遺体も共に発見されたからだ。
夢を見ているような気分で、私は彼の通夜に出向いた。ふられた女がのこのこと出かけてゆくのもおこがましい場所ではあるが、未練を断ち切るためにも、この二ヶ月間、嫌というほど味わった惨め
な想いを忘るためにも、お焼香くらいは許されるだろう。
記帳を済ませ、私は彼の遺影に向かった。目を閉じて合掌しても、優しい言葉のひとつも思い出すことは出来なかった。
(ひどい人ね……)
無口で、愛想のない男だった。
お焼香が終われば、それ以上の長居は無用だった。洋の人生にと
っては、たとえ生きていたとしても、既に私は部外者になっていた
のだから。
「田島さんでしょ」
斎場から立ち去りかけた時、名前を呼ばれた。驚いて振り返ると、微かに見覚えのある顔があった。以前、洋と渋
谷のデパートに行った時、偶然会った洋の幼馴染だ。
洋はばつの悪そうな表情で私を紹介した。恋人ともなんとも言わず、ただの田島
さんと。苗字だけ。男は確か、吉田と名乗ったと思う。
「少し時間ありますか。話があるんです」
吉田が言った。
話? 洋が私に遺言でも残していたというのか。まさか。
私たちは駅前の喫茶店で向かい合った。
「洋の父親が借金の保証人になったのを知っていました?」
「いえ」
家族の話なんか、聞いたことがない。
「友人の借金を被って、家は火の車だったんです」
その話も初耳だった。
「助手席に乗っていたのは洋に横恋慕していた女で、資産家の娘で
した」
「じゃあ、洋は……」
「策略結婚を狙っていたんです」
吉田が残念そうな表情を浮かべる。
「これ」
吉田が上着のポケットを探り、銀色に光る小さなものを取
り出した。差し出されたのは、間違いなく、私のアパートの合鍵だ
った。私が洋にあげたものだ。
「過去の女のプレゼントは全て処分させられたそうです。でもこれ
ならわからないでしょう。形見分けでもらいました」
叫び出しそうになるのを堪えて、私は唇に掌をあてた。
「口下手な奴でしたけれど、洋は貴女を心から愛していたんです」
気の利いた言葉の代わりに、私は洋の、はにかむような微笑みを
思い出し、頬にはようやく涙が伝った。
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