「酒屋のご主人、心不全ですって」
隣人が電話で訃報を知らせてくれた。
「恐いわね。これで4件目かしら」
この界隈で、突然死が相次いでいる。
野良猫を薬物の実験台に使っていた学生が突然の心臓発作で逝った翌週、子犬の処理に困って毒を盛った男、縁の下で生まれた仔猫たちが煩いと、川に流した中年女性が、相次いで急な死を遂げた。
事件性はなく、けれどいずれも健康で、直前まで元気だった人間ばかりだ。
私は聞いたばかりの話をそのまま夫に伝えた。
「案外、おふくろだったりしてな」
頭によぎった事を言い当てられたようで、私は内心、驚いていた。
「もう一カ月になるのね」
そう、それらは全て、義母が亡くなってから起こった出来事だ。
痛ましい動物虐待の報道を聞く度に、義母は口癖のように言ってい
た。
「私が死んだら、絶対こんな奴らの前に化けて出てやるわよ」
普段穏かな義母が、まるで人が変わったように、憎々しげに。
優しい姑ではあったが、どこか打ち解けきれない部分があった。
「人間は嫌いよ。嘘をつくからね」
そんな言葉を何度となく聞いた からかもしれない。
年に数回、私たち夫婦が訪ねても、彼女は息子よりも、ラリーと
の再会を手放しで喜んでいるのがわかった。
その義母が逝って、もう一ヵ月。
「お、お目覚めか?」
夫は自分で言ったことを忘れたかのように、足元に擦り寄ってきた飼い犬のラリーを膝に乗せた。
その日の真夜中、いつにない喉の渇きに耐えきれず、私は起き出して冷蔵庫から麦茶を取り出し、一息に飲んだ。落ち着いたところで、突然、亡くなった酒屋の主人のことを思い出した。
先代から続 いている店の軒先に毎年戻ってくる燕の巣を、不衛生だからと取り
払った二代目店主。野良猫が店の前を横切るだけで物を投げつける
ほど、極度の動物嫌いだった。
何もかも、あの世の義母の仕業だとしたら……。
まさか。
私は首を振ってグラスを洗った。戻ろうとした瞬間、ラリーの低い唸り声が聞こえた。得体知れない寒気が背中を走る。
私は振り向けなった。背後の空気が重く、どす黒い塊となって、私の身体を覆
うような、奇妙な感覚が私を震えさせた。
死んだら化けて出てやる……。
義母がそう言う度に、夫が、茶化すように言ったものだった。
「それはかまわないけどさ。ついでに俺たちのところに寄っていこ
うなんて、考えないでくれよ」
ひたり、と、この世の者ではない足音が、キッチンに静かにこだました。
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