マッカーサーを見た日

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 弔問客が帰り、妻と義母が後片付けに追われる間、僕は、線香を絶やさぬ為、棺で眠る義父の側にいる様、仰せつかった。  
 笑って写っているものがない、とすったもんだの挙句、掲げられた遺影は微かに口元が綻んでいる。無口で堅気、一本槍。根は優しい人間には違いないけれど、典型的な頑固親父だった。  
 手持ち無沙汰になり、僕は煙草に手を伸ばしかけ、思い留まる。仕方なく、ぼんやりと祭壇を眺めていると、棺の側に細いパイプが供えられているのが目にとまった。僕は首を傾げてそれを手にする。老若男女問わず、義父は煙草を吸う人間を忌み嫌っていたからだ。
「ご苦労様。代わるから、お風呂にでも入って……」  
 戻ってきた義母が、そう言いかけて、僕の手にある物に目をとめる。しばらく愛おしそうな目でそれを見つめ後、ふっと溜息を漏らし、僕の横に座った。
「お父さんね、若い頃はヘビー・スモーカーだったのよ」  
 意外な言葉に僕は驚いた。義母は僕の指からパイプをそっと抜き取る。
「戦争が終わって、マッカーサーがパイプを咥えてタラップから降りてくるところ。あなたも知っているでしょ。あの姿がね、もうどうしようもないくらいかっこよかったんですって。それに憧れて、十五の時から吸い始めたのよ」  
 パイプは、初めて手にした給料で買ったものだという。
「娘が生まれてすぐに喘息が出て禁煙したの。父さん、悔しかったのよ。恰好良く煙草をふかす人を目の前にすると」  
 なんだ、そういうことか。  
 映画スターさながら、颯爽と目の前に現れた男は、あの頃の少年たちにとっての敵地アメリカを、たちまち永遠の憧れに変えてしまったのだ。  
 僕は煙草を取り出して、義母にも勧める。妻も僕も、時々は義母さえも、頑固爺の目を盗んで、まるで中学生の様にこそこそとベランダで吸っていたのだ。  
 数時間ぶりの煙を味わいながら、改めて僕は義父の遺影を見つめる。少し緩んだ唇は、悪戯を咎められた子供がよくするような表情に見えなくもない。  
 僕はもう一本煙草を取り出して火をつける。
「サングラスもあれば、喜ぶかもしれませんね」
「そうね」  
 義母はそう言って、新しい灰皿を祭壇に沿えた。ゆらゆらと立ち上る煙の向こうに見える義父の顔は、やんちゃで純粋な少年そのものだった。  
 あの日、マッカーサーを見た少年は、今、喘息を気にすることもなく、指先で器用にジッポを操り、思う存分パイプの匂いを楽しんでいるのかもしれない。


 


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