* ボス猫ペペの英雄伝説 * 


「ろ、廊下に、たた、たぬきが居る!」
 緊迫したお客さんからの内線電話にこちらも驚いた。
 まだ旅館をやっていた頃の、実家での話である。
 たぬき? ここは街中。そんなもの見たことない。
 あ、そうか。今日はペペを出していたんだ。
 私が小学生の頃なので、ずいぶん昔のこと。今は長毛種だろうが、耳が垂れていようが、外国産の猫を見て驚愕する人もいないだろうけれど、当時、ペルシャ猫なんて空想上の生き物と同じくらい珍しかったのだ。
 ペペは7kgの巨体をシルバー・グレーの立派な毛並みで包んだ大猫で、光の加減によっては、たぬきと見間違える、うっかりもののお客さんがいても不思議ではなかった。
 もちろん私にとっても自慢の猫だった。
 その大きな身体にふさわしく、度胸もおっきい。商店街を歩く時だって、堂々と、ド真ん中を歩く。車にクラクションを鳴らされようが、犬があとを付けてお尻の臭いを嗅ごうが、おかまいなし。
 あっという間に街のボス猫となり、外国の猫なんぞ見たこともない田舎町のメス猫たちを熱狂させた。
「また、お宅の猫の子を身篭ったらしい」
「うちの猫を夜這いしに来ていた」
 近所から、そんな話を頻繁に聞くようになる。
 毎日、大盛り3杯のご飯を食べては夜の街へ繰り出してゆき、深夜のご帰還。そんな彼でも家に帰ればやんちゃな息子。私にとってはかわいい弟だった。自ら寄ってくることもないが、抱っこしても嫌がらない。本当は嫌だったのだと思う。けれど、しばらくの間はじっとして、決して暴れて逃げ出したりはしない。今思えば、家族サービスみたいなものだったのだろう。
 その後も数々の武勇伝を残したペペは、ある夜、大喧嘩の末、血だらけになって戻ってきたのをきっかけに、晩年を足を引き摺って過ごさなければならなくなった。
 そして、私が進学のため家を離れる前の年、10年の生涯を閉じた。

「少女時代」という言葉を聞くと、必ずペペの記憶が蘇る。どんな思い出にも、猫のことが附随しているけれど、ペペの貫禄ある姿はいつでもどっしりと、私の心の中で鎮座している。



堂々の面構え!

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